装丁家として活躍する著者が、装丁とはなんなのかについて考察。

 装丁とは単なるデザインではなく、主にテキストの束でしかないものに姿かたちを与える行為。その姿かたちが書店で本を手に取る人との最初のコミュニケーションツールになるのだから、装丁家の責任は重いと著者は考えている。

 タイトルの書体を選んだり、絵や写真など必要なデザイン素材を決めるのはもちろんのこと、どんな紙にどのようなインクで印刷するのかも重要。本が売れなくなっている時代、装丁に関わる経費は圧迫される傾向にあるが、装丁家はそれでもその本に相応しい姿かたちを創出するために知恵を絞る。

<いっさいの作為を感じさせず、自ずから生じたように映る装丁こそ、理想の装丁かも知れない>

 そう綴る著者が手がけた本を私もいくつか所有しているが、確かにそれらは著者が語るように、本の中身と決して分けることができないほど強く結びついている。そして控えめかつ上品でありながらも、芯の強さを感じさせる何かを有していて、そこにはやはり装丁家の思想のようなものを思わざるを得ない。

 装丁とは何かという問いは、本とは何かという問いと切り離すことはできない。

<「本」とは「現実世界に確とつながった“異界”」であり「装丁」とはそんな“異界”への扉である>

 私はかつて出版社の編集者としてたくさんの本に関わったが、世の中の多くの人に受け入れられた本は皆、著者の言う通り、その時々の現実と深く関係しつつも、“異界”と言い切れるだけの独自かつ強度ある世界を持っているものだった。

 主に携わっていた小説という分野に限定すると、いくら趣向を凝らした物語世界を構築しようとも、現実との関係性が見えないものはことごとく無視された。一方で現実を丁寧にトレースして万人受けしそうな分かりやすいストーリーを作っても、その程度のものにお金を払ってくれる人はいなかった。そしてこれはいいぞと自信を持てた原稿は、不思議としかるべき装丁家によって、相応しい「扉」を付けてもらうことができた。

 電子書籍が登場しても紙の本は無くなってはいないが、その存在意義はますます厳しく問われている。どんな本であれば生き延びていける可能性があるのか、本書にはたくさんのヒントが散りばめられている。

(彩流社 1800円+税)=日野淳

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