【越山若水】「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖であり…」。島崎藤村の小説「夜明け前」の書き出しである。誰もが聞き覚えがある名文である▼中山道・馬籠宿辺りの大自然をわしづかみしたような、簡潔にして力感に満ちた表現は一級品。さすが大作家、近代文学の金字塔といわれる名作にふさわしい▼ところがこの名文は、何と島崎のオリジナルではなく、お手本があった。1850年に発行された「木曽路名所図会」である。「三留野(みどの)」の項にこう書かれている▼「木曽路はみな山中なり、名にしおふ深山幽谷(ゆうこく)にて岨づたひに行くかけ路(じ)多し」。藤村は執筆に当たり現地調査をせず、机上の資料を書き換えていた(久松健一「原稿の下に隠されしもの」笠間書院)▼文学史に名を連ねる大文豪ゆえ、いまさら非難を浴びせる人はいないだろう。だが現時点で発覚すれば「盗用」と指摘され、揚げ句は「盗作作家」と疑われても仕方がない▼岡山県議会の海外視察報告書の大半がほぼ同じ内容だったとの報道があった。しかも「コレクション」の変換ミス「これ区書」までそのままのお粗末▼手近な資料をそっくり丸写し、同じ文章をみんなでコピーしたのだろう。まさに「盗用」の報告書で、議員にはあるまじき恥ずべき行為。襟を正せというのも情けない。「議会の海外視察はすべて闇の中である…」

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