【越山若水】予防注射は欠かさないのに、例年一度はインフルエンザで寝込む羽目になる。今季はAとB型が同時に流行する異例の事態。大げさにいえば絶体絶命の気分である▼小説家の井伏鱒二に「冬」という一編の詩がある。「昔の人が云(い)ふことに/詩を書けば風邪を引 かぬ」と始まる作 品は、当方のいま の心境に重なって 共感する▼なかで も最終連は、今冬 を描いたかと思え るほど。「今年の寒さは格別だ/寒さが実力を持ってゐる/僕は風邪を引きたくない/おまじなひには詩を書くことだ」▼粉雪が霏々(ひひ)として降るこの冬は、寒さに芯がある。井伏流にいえば実力を持っていて、つい油断をすれば風邪に冒される。負けないためには、どんな詩がまじないになるだろう▼思い浮かんだのは「新いろは歌」である。作者は画家で優れた文筆家でもある安野光雅(あんのみつまさ)さん。「夢に津和野を思ほえば/見よ城跡へうすけむり/泣く子寝入るや鷺(さぎ)舞ふ日/遠雷それて風立ち ぬ」▼平仮名で書 くといい。「色は 匂へど…」の「い ろは歌」に倣い、 48音を使って古里 の島根県津和野を 詠んだ。個人的には、本歌より現代的で親しめる▼誰かが「脳みその虐待」と評した難業である。挑戦するのに不足はない。わが福井県を詠もうと「越の山…」などと始めてみたが、後になるほど使える音がなくなって振り出しに戻る。けれどこの寒さは忘れる。

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