【越山若水】昨年のいま時分に書きそびれた話をご紹介したい。立春の時刻に卵が立った、という新発見のことである。ああ、あれかと思い当たる人も、しばらくお付き合いを▼大騒ぎである。ただし71年前の話で、新聞各紙はどこも写真入りで伝えた。気象台で7個、あるビルで10個、お盆の裏に5個、卵が見事に立った写真が載った▼国内だけではない。上海では立春の数日前から話題を集め、卵を買い求める人が相次いで10倍以上の値段に跳ね上がった。実験は大成功。英字紙も1面で報道した▼「コロンブスの卵」のようにお尻をつぶした卵ではなく無傷である。それがなぜ立春に立つのか…というのが大ニュースのみそ。科学者は一笑に付したが、世間は釈然としない▼こんなときはすぐ試してみるに限る、と鮮やかに解答してくれたのが雪博士で知られた中谷宇吉郎さんである。結論は「卵は立つものだ」。そして味わい深い評価を残している▼「世界中の人間が、何百年という長い間、すぐ眼(め)の前にある現象を見逃していたということが分(わか)ったのは、それこそ大発見」と(「立春の卵」)▼空騒ぎをした当時の人々や記者を冷笑するのは簡単だ。でも、その資格が現代人に本当にあるのかどうか。中谷博士は人類にも盲点があり、それも「いろいろな方面にありそう」だとも書いている。いまなお耳に痛いと感じませんか?

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