【論説】1995年3月の地下鉄サリン事件などオウム真理教による5事件に関与したとして殺人罪に問われた元教団信者、高橋克也被告の上告が最高裁で棄却された。「最後の被告」の無期懲役が確定する。これで教団を巡る刑事裁判は強制捜査から23年を経て終結した。

 なぜ、こんな狂気が若者らの手で引き起こされたのか。元最高幹部でさえ答えを見いだせていないという異常性だ。社会を震撼(しんかん)させたカルト集団による凶悪テロ事件を幕引きさせてはならない。

 地下鉄事件をはじめ、89年の坂本堤弁護士一家殺害事件、94年の松本サリン事件、95年の仮谷清志さん監禁致死事件なども発生。一連の事件では教団幹部ら192人が起訴され、松本智津夫死刑囚=教祖名麻原彰晃=ら13人の死刑、5人の無期懲役が確定している。

 裁判終結で松本死刑囚らに対する刑執行の検討が本格化するだろう。

 「サリンを作ったり、人の首を絞めるために出家したんじゃない」(中川智正死刑囚)、「テロリストを目指し、出家した者は誰一人いないのに、償うことのできぬ大きな過ちを犯してしまった」(岡崎一明死刑囚)。裁判などを通じて、犯罪者たちのいくばくかの悔恨の念が吐露されてきたようにも思える。

 だが「グルの言葉一つ一つが心に響き、自分が見透かされていると感じた」という高橋被告の言葉に異様な事件を解く鍵があるかもしれない。「グル」は宗教上の師を意味する。弟子たちがどうマインドコントロールされていったのか。

 松本死刑囚は84年に「オウム神仙の会」を設立し、その後「オウム真理教」に改称。自らを「最終解脱者」と称しながら出家信者には財産を寄付させ、家族や社会と絶縁させた。やがて人類救済を唱えて「ポア」という言葉で殺人を正当化。驚くほど高学歴の若者たちを無差別テロに駆り立てていった。

 そこには、満たされぬ社会に背を向け、グルの指示に絶対服従する信者の姿が浮き彫りになる。今なお教団生活に固執する象徴が最古参高橋被告の言葉に表れているようだ。

 松本死刑囚の審理は一審だけで96年4月から7年10カ月が費やされ、公判回数は実に257回に及んだ。2004年2月に死刑を言い渡され06年9月に確定した。その間、初めは冗舌だったが、後半は意味不明の言葉をつぶやき口を閉ざした。動機など事件の核心を語らず、多くの謎が残されたままだ。

 被害者、遺族の無念と苦しみを思えば、決して事件の風化は許されない。

 教団は「アレフ」「ひかりの輪」など3団体に分かれ金沢でも活動している。公安調査庁はいずれも松本死刑囚の影響下にあるとみて監視を続けている。

 犠牲者29人、負傷者6千人以上に上る未曽有の事件では、後手に回った捜査上の問題点も指摘される。社会全体で教訓を共有し、真相究明と再発防止に努める責務がある。

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