【越山若水】その速報に触れたとき、思い浮かべたのは詩人中原中也と小林一茶である。どちらも、愛児をめぐる作品を残している▼「また来ん春と人は云(い)ふ/しかし私は辛(つら)いのだ/春が来たつて何になろ/あの子が返つて来るぢやない」。あの子とは、中也の長男文也。2歳だった▼動物園に連れていき、象を見せても鳥を見せても「猫(にゃあ)」と言った。でも鹿だけは角に惹(ひ)かれてか「何とも云はず 眺めてた」▼詩は、こう結ばれる。「ほんにおまへもあの時は/此(こ)の世の光のたゞ中に/立つて眺めてゐたつけが…」。作品は抑制的だが、その悲嘆は尋常ではなかった(「中原中也」佐々木幹郎著、岩波新書)▼50歳を過ぎて結婚した一茶は、3男1女を授かった。千太郎、さと、石太郎、金三郎。健やかな成長を願う命名である。けれど、誰も2歳を迎えられなかったのはご存じの通り▼なかでもかわいがった女の子をしのび、あの有名な句を詠んだ。「露の世は露の世ながらさりながら」。はかない世とは知ってはいても、それでも…と諦めきれない思いがひしひしと伝わる▼この愛らしい顔を何度見かけただろう。北陸自動車道のサービスエリアにも写真入りのチラシが置かれていた。見るたび胸が締め付けられた。そして、きのう。背丈が同じというから、現実に向き合わざるを得ない。悄(しょう)然(ぜん)と、命と家族の情を思う大寒だ。

関連記事
あわせて読みたい