確か別冊太陽「カタリの世界」の世界には「気比神宮桃太郎神像」の写真も載っていてそれを目にしているのです。でもなんと、また見ていて、見ていなかったのです。すると気比神宮の桃太郎は、ひょっともすると神様では? もう一度「カタリの世界」に戻って気比の桃太郎を見直さなければ・・・。

 そして季刊「邪馬台国98号」に寄せられている角鹿尚計氏の「気比神社と神功皇后」について書かれている文章も・・・。

 いやいや、浅学な私にとってこうした世界は、出会わせていただき、拝読させていただくだけで十分。まだまだ足を踏み入れる世界ではありません。

 しかし、振り出しに戻る思いでまず気比神宮の主祭神は・・・? 

 その主祭神は「伊奢沙別命(イザサワケノミコト)」。

 そして「伊奢沙別命(イザサワケノミコト)」とは・・・?

 「カタリの世界」で西川照子さんは

『古事記』では、応神天皇がまだ幼い頃、武内宿禰(たけのうちのすくね)に連れられて、この神の坐す地で、ミソギをしようとすると、神は王子の夢に現れて、「私の名とあなたの名を交換したい」と言った、と。

 そして続けて、

 名前の交換とは、何を表す?

 さらに、その名の交換の後に、神功皇后が出て来て、奇妙な歌をうたう。祝歌なのだろうが、その中に「常世」・「少彦名命」が出てくることがまた奇妙。

 で、西川照子さんのカタリ。「イザサワケ」とは、海の彼方の常世より、日本国へやって来た小さなちいさな神さま・少彦名命と同体では?

 応神天皇のその名「おうじん」は「おうじ」で「王子」と同じ。つまり「応神」とは、小さな子、幼な子の一般名称。応神天皇も、例の小さ子のお仲間。とあるのです。

 柳田國男の『桃太郎の誕生』は、「小さ子のものがたり」である。小さ子とは、少彦名命であり、説話の世界の「小男」や「一寸法師」である。と。

 そしてさらに『住吉大社神代記』の一文から「応神天皇の“父”は住吉大神」という異形の説。

 住吉大神は古くより少童神と書かれたという。そして「ワタツミのカミ」と読むという。だから住吉大神の子(?)応神も海神の性格を持つ?少彦名の神と同じ海の神の性格を持つ?

 そしてこのまつりが、神の再生儀礼である「みあれ(御生)」の神事であって、常宮、すなわち「常世」の国で赤子が生まれた。その子の名は少彦名命。父は住吉大神、そして母は神功皇后。子は応神天皇・・・では?と。

 角鹿尚計氏は、そのくだりを-気比神社と神功皇后―で更に詳細に記しておられます。

 応神天皇の和風諡号は、誉田別命であるという。その命名については『応神天皇紀』が次のように伝える。

 お生まれになった時余分な肉がお腕の上に盛り上がった。その形は鞆(ほむだ)のようであった。(略)そこでその御名を称して、誉田天皇と申し上げたのである。と。

 この命名由来に付け加えて一説として次のように記しているという。

 はじめ天皇が太子となられて、越国に行幸なさり、角鹿の笥飯大神を祭られたが、その折、大神と太子が御名をたがいに換えられた。そこで大神を名づけて去来紗別神(イザサワケノカミ)と申し太子を誉田別尊(ホムダワケノミコト)とお名をお付けになったと伝わっている。そうであるならば大神のもとの名を去来紗別命と申し上げたことになる。しかし他に記さないので、まだあきらかにできない。

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