【越山若水】覚えているのは、その夏の主役になった太田幸司投手の端正な顔だけだ。両チームとも延長十八回まで「0」を並べた死闘も、翌日の再試合も残念ながら記憶にない▼1969年の夏の甲子園決勝は愛媛・松山商と青森・三沢高の顔合わせ。調べてみると、敗れた三沢の太田投手は準々決勝から連投続き。結局計45回を投げた▼その姿が熱狂や同情を呼び、そこから長い議論が始まった。解決策はタイブレークだった。春のセンバツから導入が決まっていたが、夏や地方大会でも採用される▼決着をつけるのが野球だ。球児たちが心身の限界まで戦うからこそ人々を感動させる。いや、炎天下の夏は投手には特に過酷。アマチュアで成長途上の高校生の体を守るべきだ▼両論は当方の心中にも渦巻き、結論を見いだせないでいた。日本高野連は今回、甲子園も地方大会も決勝は現行通りとした。各方面に意見を聞いた上でのことだから妥当だろう▼タイブレークとは「均衡を破る」という意味なのだそうだ。固く締まった結び目をほどくための方法、と言い換えると分かりやすいかもしれない▼伝説の決勝からほぼ50年。長らくもつれていた議論もこれで、ひとまずタイブレークといったところだ。思えば、スポーツに限らずタイブレークを導入してほしいものが数々ある。切実なのは何と言っても北朝鮮の核・拉致問題だ。

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