2013年11月、プロ野球日本一の優勝パレードで、集まった大勢のファンに手を振る楽天の星野仙一監督=仙台市青葉区

 4日に死去した星野仙一氏の下で活躍した元楽天外野手で福井県立鯖江高出身の牧田明久さん(35)=楽天ジュニアコーチ=と、元中日投手で福井県立大野高出身の正津英志さん(45)=中日スカウト=が恩師の死を悼み「感謝しかない」「偉大な存在だった」と振り返った。

 牧田さんは「自分に闘争心を養ってくれた人。日本一まで経験させてくれて感謝しかない」と話した。

 星野氏が楽天監督を務めていた2012年のキャンプで「4番を打たないとだめだ」とハッパを掛けられた。オープン戦で4番、開幕後も中軸で起用されたが、終盤けがで離脱。しかし、翌13年の日本シリーズ第7戦ではスタメン起用に応え、本塁打を放ち、球団初の日本一に貢献した。

 ネットニュースで訃報を知ったという。「テレビで見たときに、ちょっとやせてきていて心配していた。病気のことは全然知らず、そんなに悪かったとは」と驚きを隠さなかった。

 星野氏が中日監督だった1998年に入団し、主に中継ぎを担った正津さんは「言葉が出なかった。早過ぎる」と闘将の死を悼んだ。

 プロ1~4年目は毎年40試合以上登板。「星野さんがいるだけで緊張した。よく怒られたが、翌日の試合に使ってくれた」。厳しさと愛情を感じたと言い、「プロ初勝利を挙げたときに腕時計をプレゼントしてくれたり、嫁の誕生日に花束を贈ってくれたりと気遣いの人だった」と明かした。

 「プロで長くやれたのも野球の仕事ができているのも星野さんのおかげ」と感謝。「偉大な存在。これからもプロ野球界の改革のために先頭に立ってくれると思っていたが…」と惜しんだ。

関連記事