【論説】敦賀市の気比神宮大鳥居が30年ぶりの保存修理工事を終えた。商店街にはお祝いムードを盛り上げる小旗がなびく。新幹線開業を控える中で、神宮大鳥居のお色直しを商店街再生のきっかけにしたい。

 神宮は越前国一宮で北陸道総鎮守として敦賀の発展を見守り続けてきた。ただ、門前の商店街はほかの市町と同様に郊外化の影響を受けている。そんな中で明るい話題が大鳥居の朱色の漆を塗り直す修理工事というわけだ。

 門前商店街の活性化に向けては、昨年11月に発足した「活(い)き活(い)き神楽門前町会議」に注目したい。市街地活性を目指す第三セクター「港都つるが」の呼び掛けで、地元の神楽町1丁目商店街振興組合や女性会、区、神宮などで発足した。まちづくりの専門家をコーディネーターに交えて議論を重ねている。

 もっとも、これまでにもさまざまな催しはあった。敦賀商工会議所青年部の「気比神宮の杜フェスタ」や、敦賀青年会議所などの「けひさんアートマルシェ」は多くの集客を誇ってきた。商店街も100円の商品を売り出す「敦賀百縁笑店街」を開き、にぎわいを創出してきた。

 ただ、今回の会議は、継続的な活性化を目指して地元を主体に商店街の価値を検証することに意義がある。冷静に現状を分析し、商店街の強みと弱みを見いだしたい。各商店主が思いを共有し、団結して理想の商店街像を目指すことで、再生につながることが期待される。

 神宮は、敦賀の地が大陸と向き合う外港として大和政権にとって重要性が増す中で位階が上昇した。一方で重要さゆえに戦争の被害も多かった。戦国時代には焼き打ちに遭い、江戸時代に本格的に再建したものの、社領が限られる中で商人や町民との結びつきを深めた。残された勧化帳には大勢の寄進者の名前が記されている。市民から「けいさん」と親しみを込めて呼ばれ、誇りとされるのは、神宮が敦賀みなとの歴史とともに歩んできた背景があるからだ。

 2016年10月、大鳥居を含む神宮境内は国の名勝「おくのほそ道の風景地」に指定された。社殿などは第2次大戦の空襲で焼けたものの、大鳥居は江戸時代そのままの姿をとどめる。俳聖、松尾芭蕉がくぐったことを想像し歴史ロマンを感じる人も多いだろう。

 昨年12月には、風景地指定を受け学識者らの「計画策定準備委員会」の第1回委員会も開かれた。神宮の本質的価値を明示し保存活用の方向性を示すことなどが求められており、今後の議論が大いに注目される。神宮とともに歩む商店街活性化の追い風にもなるだろう。
 

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