愛犬「カノン」が大好きな剛士ちゃん。桑原さん夫妻は「一生かけて愛情を伝えていきたい」と話す=2017年12月、福井県鯖江市

 19歳のときにバイク事故に遭い、車いす生活を送っている自営業の桑原彰三さん(44)と、妻の喜久代さん(47)=福井県鯖江市=は2017年9月、大阪市の乳児院の男児(3)と特別養子縁組を結び親子になった。「自分に育てることができるだろうか」という不安もあった彰三さんだが、車いすによじ登って抱っこをせがむ息子を見ていると「お前もパパも、みんな人生にはいろいろある。一緒に頑張っていこうな」と思えた。夫婦は「深いご縁で授かった命。息子には一生をかけて愛情を伝えていきたい」と心に決めている。

 ■大阪に通い詰め

 2人は1999年に結婚。10年以上、不妊治療をしたが妊娠には至らなかった。ある日、テレビで特別養子縁組の特集を見た。喜久代さんは「私は何をしていたの?と思った。産んでも育てられない人がいる。自分は産むことはできなかったが、愛情を持って育てることはできる」。夫婦の思いは一致した。

 子どもが大好きで、保育士や小学校の非常勤講師として20年以上子どもとかかわってきた喜久代さん。出会った子どもたちは、みんなかわいかった。里親になることの迷いはなかった。2人は、福井県の研修を受け里親登録した。

 一方、大阪市の児童相談所は、広域で里親を探す事業に乗り出しており、2人は県を通じて15年秋、同市の乳児院に入っていた剛士ちゃん=当時(1)=を紹介された。16年4月から1カ月間、喜久代さんは乳児院に電車やバスでほぼ毎日通い、剛士ちゃんと一緒に遊んだり、散歩したりして関係を築いた。

 ■縁組オープンに

 同年5月、剛士ちゃんは桑原夫妻の自宅で住むようになった。喜久代さんの姿が見えないと泣き叫ぶなど、慣れるまでしばらく大変だったが、今では元気に育っている。

 そんな息子を見ながら、彰三さんは「いろんな家族の形があっていい。自分の事故や不妊治療を通し、命の大切さを実感したからこそ伝えられることがある」と思うようになった。

 17年になって福井地裁に特別養子縁組を申し立て、9月、正式に親子になった。縁組のことはオープンにしている。彰三さんは「縁組は消せない事実。しかしそれは剛士の特徴のほんの一つ。全部引っくるめて、名前の通り強く育ってほしい」。自身の車いす生活とだぶらせる。

 ■全員は救えない

 彰三さんは乳児院での剛士ちゃんの第一印象を「透き通るほど白い肌の子だなと思った」と振り返る。大勢の子どもをぎりぎりの人数でみていた施設では、外で十分に遊ばすことは簡単ではなかっただろうということは、後になって気が付いた。

 乳児院で剛士ちゃんと遊んでいても、母親代わりである保育士を求めて泣いている多くの子どもたちが気になった。さまざまな事情で親と一緒に住めない子どもが、これだけ多いという現実を目の当たりにし「自分は親として抱きしめてあげることができない」というつらさも味わった。

 全国的には、家庭で複数の子どもを受け入れる「ファミリーホーム」というシステムが普及し始めている。彰三さんも将来的には何人かの子どもを受け入れ、一緒に暮らす家族の形を思い描いている。「だって家族は多い方が楽しいですからね」

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