宮川禎一・京都国立博物館上席研究員

 明治新政府の「初代首相」に松平春嶽!?

 坂本龍馬が大政奉還後にまとめた新国家構想の文書「新政府綱領八策」には、「○○○自ら盟主と為り〜」と書かれている。さまざまな勢力の思惑に配慮し、伏せ字にしたとされる。「○○○」に入る人物は一体誰なのか。徳川慶喜、島津久光、山内容堂…。研究者の間でさまざまな臆測が飛び交うが、龍馬研究の第一人者で京都国立博物館上席研究員の宮川禎一氏(58)は「龍馬にとっての盟主は春嶽公をおいてほかにありえない。越前福井を中心に据えた新国家構想があった」と言い切る。幕末明治150年を機に、主要閣僚とともに大胆な仮説を展開した。

 ⇒【画像】大胆仮説の「閣僚名簿」

 「新政府綱領八策」の「○○○」については「徳川慶喜」説が有力とされている。根拠の一つとなっているのは、春嶽の側近、中根雪江が残した「丁卯日記」の記述だ。龍馬は暗殺の数日前、幕府重臣の永井玄蕃(尚志)と会い「秘策がある」と語ったという。会談内容を聞いた中根は日記の中で「龍馬の秘策とは内府公(慶喜)関白職のことか」と推測している。

 慶喜を盟主に据える案が秘策だろうか。誰でも考えつきそうだ。そもそも政治の中心に徳川が居座り続けることを薩長がのむはずがない。

 幕府、薩長どちらにも肩入れすることなく、かつ、どちらからも信頼される公正な目を持った人物でなければならない。徳川吉宗の子孫、田安家出身の春嶽なら幕府も受け入れやすく、薩摩と福井の経済的つながりや、小松帯刀(薩摩)と春嶽の関係などを考えると薩長の反発も少ない。双方が納得できる「切り札」が春嶽だ。

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