「いとしろ白山御師資料集」をまとめた上村俊邦さん=岐阜県郡上市

 岐阜県郡上市の山間部にあり、半世紀前に福井県から越県合併した旧石徹白(いとしろ)村で白山信仰を全国各地に広めることに尽力した「御師(おし)」たちの活動を知ってもらおうと、石徹白郷土史研究家の上村俊邦さん(86)=岐阜県郡上市=が、「いとしろ白山御師資料集」をまとめた。御師が残した古文書を現代語に読み解いた書き起こし文、自ら足跡をたどった紀行文で構成。泰澄大師による白山開山1300年の節目に発刊し、上村さんは「石徹白御師が白山信仰をどのように全国に広めたかを知り、果たした役割を考えてもらえればうれしい」としている。

 石徹白は、白山への登拝ルートである三禅定道(ぜんじょうどう)のうち「美濃禅定道」の要衝で、白山中居(ちゅうきょ)神社が残る。御師の活動は泰澄の開山以前から白山が信仰の対象だった時代までさかのぼるとの説もあるが、記録は戦国時代から残り、江戸時代中期に最盛期を迎えたという。

 御師は春から夏にかけて、神社の管理や、参拝者の宿泊の世話、道案内などを行い、冬の間は全国に白山信仰を広めた。信仰が浸透すると、雪解けまで信者が多い集落「檀那場(だんなば)」を巡回し、白山麓の薬草や雷よけの護符、登拝案内図である白山道略図を配布して礼金を持ち帰った。

 1958(昭和33)年に大部分が岐阜県白鳥町に合併するまで福井県の自治体だった元石徹白村役場職員の上村さんは、80年近く前の幼少期に御師が春先に巡回から集落に戻ってくる様子を見ていたことなどから、関心を持っていたという。

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