【論説】他者に与える自分の印象を言葉などで恣意(しい)的に操作、管理すること、これを「印象操作」という。政治家が都合良く利用すれば危険な世論誘導になる。国民はその内容が本当だと思い込んでしまうからだ。

 安倍政権になってこの現象が際立ち、国会などで乱発されているのはなぜか。発言の背景にある政治、政治家の深意と本質を見極める必要がある。

 ■論理性のない言説■

 印象操作が急浮上したのは学校法人加計学園、森友学園を巡る問題からだ。安倍晋三首相の意向や官僚の忖度(そんたく)で行政がゆがめられたと批判された。

 だが、首相は「(加計学園の)理事長は昔からの友人だが、政策に影響を与えたというのは印象操作だ」。森友問題では首相夫人の関与をただす質問に「勝手に作ったストーリーで、印象操作だ」と反発した。

 さらには「総理のご意向」を会見で告発した前次官に対し、菅義偉官房長官は「怪文書」と決めつけ、人格攻撃までした。

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ6月の改正組織犯罪処罰法審議も同じ文脈だ。政府は海外のテロ続発を東京五輪の懸念に結びつけ、本筋ではない「テロ対策」を前面に掲げた。これを「印象操作して法案を押し通した」と批判する学者もいる。

 重要なのは、事実関係を明確にし、丁寧に説明責任を果たすことであろう。国民に印象操作の被害者であるかのように訴えながら、巧みな印象操作で自己正当化し攻撃性を強める。「安倍1強」のおごりであり、異論封じの手段ともなる。

 ■情に訴えてまでも■

 最大の政治課題である憲法改正論議でも印象操作が鮮明だ。

 5月の憲法記念日、首相は突如「9条1項、2項を残しつつ自衛隊を明文で書き込む」と表明した。「自主憲法の制定」を党是とする自民党だが、議員は全く寝耳に水だった。

 9条は、1項で戦争放棄を定め、2項で戦力保持や交戦権を否定する「平和憲法」の象徴である。自衛隊が戦力か否かは長く憲法論争の中心だったが、政府見解は「自衛隊は必要最小限の実力組織」と解釈してきた。

 首相の自衛隊加憲論は両項を残すため「何も変わらない」という論法だ。ではなぜ明文化するか矛盾が多く、党は2項の削除も視野に入れる。いずれも集団的自衛権行使の下で「自衛軍」へ道を開く懸念が広がる。

 首相は明記の理由を11月27日の衆院予算委でこう語った。

 「ほとんどの教科書に、自衛隊は違憲の疑いがあるという記述がある。ある自衛官は子どもから『お父さんは違憲なの?』と言われ、胸を切り裂かれる思いだったと聞いた」

 ■国民は冷静に判断■

 また、こうとも。「緊迫する北朝鮮情勢、安全保障環境が厳しくなる中で、国民の命を守るために精励する自衛官に、違憲の議論が残るのをなくすことが私たちの世代の責任だ」

 論理性より、自衛隊の活動に共感する国民の感情に訴えるのは首相の常とう手段である。

 改憲は祖父岸信介元首相の遺志を継ぐ宿願といえる。根底にあるのは「連合国軍総司令部(GHQ)による押し付け憲法」という確信だ。「日本人自らの手で書き上げる」「諸外国は何回も改正している」。まさに「改憲ありき」の論理である。

 世論調査では改憲の賛否は拮抗(きっこう)するが、首相提案や首相の下での改憲には過半数が反対だ。9条改憲の背景には右派団体の影もちらつく。国民はこんな首相の強い情念に頼もしさと、一方で危うさを感じるのだろう。

 衆院憲法審査会では「衆参両院の3分の2以上(発議)も高いハードルだが、国民投票の過半数はより高い」との指摘も出た。それだけに「何も変わらない」という「印象操作」が不可欠−官邸はそう考えているのかもしれない。
 

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