【越山若水】ある晩のこと。おばあさんの住む家に一夜の宿を求める人があった。手厚くもてなそうにも貧乏なので何もない。老女は隣家の稲を盗み、団子を作って差し上げた▼この時季になると思いだす伝説である。何とかして客を喜ばせたい、と盗みを働いてしまった老女の姿にあわれを誘われる。まゆをひそめる人もいるだろうか▼伝説のなかの客はなさけ深かった。雪を降らせたのである。というのも老女は片足が不自由で、足跡が歴然としていた。この窃盗の証拠を客は雪で隠したのだった▼伝説は陰暦の11月23日、県内をはじめ東北や中部地方の各家で営まれる大師講にちなんでいる。「大師」といっても伝教、弘法の両大師ではなくもっと古くて素朴な民俗らしい▼そうと知って伝説を味わえば、貧しく弱い人をいたわる祖先の心優しさを感じないだろうか。しかも大師講は、一陽来復の「冬至」にまつわる行事。自然を畏(おそ)れる思いも伝わる▼きょうが、その冬至。ゆず湯に入り、カボチャを食べるという人は少なくないだろう。けれど、どうしてそうするのかと聞かれると答えに詰まる▼キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うのも、いまだによく分からない。もっともクリスマスの元は太陽の復活を祝う異教徒の習俗だというし、精神は大師講に通じる。結局われわれは似た行事を自覚もなく繰り返しているだけ?

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