【論説】わが国の原子力行政で最大の汚点は、東京電力福島第1原発事故と高速増殖原型炉もんじゅの挫折であろう。前者は「原発は安全」という空疎な理念の上に防災対策を怠り、後者は開発力と運転管理の未熟さから来るものだ。肝心な「核のごみ」の最終処分地さえ決められず、国の原子力エネルギー政策に対する国民の目は厳しい。

 既に廃炉が決まったもんじゅだが、廃炉申請を急ぐ国と安全対策や地域振興策を強く求める福井県との間で交渉が手間取っている。これも立地地域に対する国の無理解に起因する。困難が立ちはだかるのは、政策手法に問題があるからではないか。

 ■地元は蚊帳の外か■

 「もんじゅの運転を安全に行う主体として必要な資質を有していない」―。ずさんな保守管理が相次いだ日本原子力研究開発機構に対し、原子力規制委員会は2015年11月、最後通告を発し、政府は昨年12月に廃炉を正式決定。開発に1兆円超を投じ250日の運転実績しか残せなかった。試験炉とはいえ、費用対効果から廃炉は当然の帰結だったのだろう。

 だが、もんじゅは核燃料サイクルの命運をかけた「夢の国策」だ。なぜ失敗したか徹底検証も明確なビジョンもないまま、あろうことか「もんじゅは大きな成果があった」として後継の実証炉開発をぶち上げた。

 その間、国策に協力、貢献してきた立地自治体は蚊帳の外も同然だった。十分な説明もなく置き去り状態。これに反発し、県や敦賀市が何度も国に足を運び要請を繰り返す光景は、信頼関係の欠如を露呈していた。

 ■まかり通る国本位■

 国と地方自治体は2000年の改正地方自治法施行により、「上下・主従」から「対等・協力」の関係になったのだ。しかし「地元の理解なくしてわが国の原子力政策は成り立たない」と強調しながら、実態は常に国の一方的な論理で事が進んできたのではないか。

 県と地元が求めた安全対策の深化と地域振興策は、関係閣僚と知事による「もんじゅ関連協議会」で何とか知事了承に行き着いた。ここまで廃炉決定から1年近く費やしている。

 廃炉体制の実行性向上や試験研究炉の整備など要望14項目のうち、振興策は12項目を占めるが、大半は「支援を検討」など曖昧な言葉が並ぶ。財源が確定できない状況もあるが、「検討」とは行政用語で「前向きに取り組む」という意味のはずだ。もんじゅは国家プロジェクトである。今後も地元の質の高い交渉力、説得力が生命線になる。

 ■まだ高いハードル■

 国の決めた廃炉工程では、5年半以内に使用済み燃料と冷却材の液体ナトリウムを取り出しす方針。原子力機構が県や市と廃炉協定を締結した後、規制委に計画を申請、認可を受ける必要がある。それも国と地元の共通理解があっての話だ。

 だが、早期申請を焦るあまり原子力規制庁幹部が原子力機構に圧力を掛けたり、林芳正文部科学相が予算編成をにらみながら一方的に期限を切るなど地元軽視があらわになった。

 廃炉体制確立と安全確保が最優先なのは言うまでもない。リスクが伴うのは住民が住む現場敦賀である。地元に丁寧に説明し前に進めるのが大前提。まして規制委に「失格」の烙印を押された原子力機構が廃炉を担うのだ。こんな矛盾に満ちた対応が不安と不信感を増幅させることを国は認識しているのか。

 廃炉作業は18年度に炉外燃料貯蔵槽から取り出し30年後の47年に施設解体を終える計画だ。ただ高速炉の廃炉は国内に例がなく、毒性の強い燃料に加え、扱いが厄介なナトリウムは約1670トンもある。搬出方法も搬出先も不明で、クリアすべきハードルはあまりに高い。「夢」の解体に最も必要なのは「現場主義」である。

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