【論説】原発事故の困難性は早期収束と同時に、広範囲に拡散した放射性物質によって汚染された大量の廃棄物対策だ。東京電力福島第1原発事故から6年8カ月が経過してようやく福島県内の処分場搬入が始まった。だが、他県では計画が進まない。責任は国と東電側にあり、住民の理解なき押し付けは許されない。

 搬入するのは指定廃棄物で、放射性セシウムが1キログラム当たり8千ベクレル超10万ベクレル以下の汚泥や焼却灰、稲わらなどだ。福島、岩手、宮城、茨城、東京など11都県で計約20万トン。福島県分が約17万トンと全体の85%を占める。環境省はコンクリートなどで囲うことで安全に処分できると説明する。

 政府は事故が発生した2011年の11月に各都県での処分を閣議決定。まず13年に福島県富岡町の民間処分場に計画の受け入れを要請し、2年後の15年12月に県が容認した。

 中川雅治環境相は「安全確保が大前提」として「地元住人の信頼構築に全力で取り組む」と強調するが、簡単ではない。受け入れた地元は生活再建に向けて苦闘している。その周辺に大量の汚染物質が運び込まれるのだ。安全性への不安とともに、風評被害に対する懸念もあるだろう。

 原発事故による避難指示が解除されたのは、処分場への搬入路がある楢原町が15年9月、富岡町は大半が今年4月になってからだ。ただでさえ帰還率が低く、さらに帰還意欲を低下させる可能性もある。特に若者の古里回帰は一層困難になろう。楢原町の場合、国が県や4行政区と安全協定を結ぶ必要があるが、繁岡行政区は反対姿勢を崩さず協定を結べない。

 国の処分場建設は福島を除き発生量の多い5県で計画されているが、栃木、宮城、千葉各県では候補地の自治体が猛反発。茨城、群馬両県では当分、各地での分散保管を継続させる。

 八方ふさがりの中でくすぶるのが福島への集約論である。「発生元責任」に映るが、そうであれば消費地責任もある。処分場が安全というなら、大消費地の東京の真ん中につくればよいとの論理も成り立つ。

 問題がこじれている原因は全て国にある。処分場の建設方針決定や候補地の選定過程において住民への情報開示が不十分で、環境省は自治体の意見は聞いても住民に直接意見を聞く機会を設けてこなかった。

 原発被害に遭った住民に丁寧な対応を怠り、住民不在の意思決定で前に進むわけがない。

 3年前、除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設建設をめぐり、当時の石原伸晃環境相が難航する福島県側との交渉について「最後は金目でしょ」と述べ、金銭で解決しようとする地元軽視の姿勢が批判された。

 環境省は昨年、指定廃棄物でも8千ベクレル超の基準を下回った場合は指定を解除、一般ごみと同様の処分を認める新ルールを決めた。決して事故を矮小(わいしょう)化させてはならず、絶えず住民に向き合い時間を掛けた説明で理解を得ていくしかない。

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