【論説】福井市朝宮町の丘陵で奈良時代末〜平安時代前半のものとみられる大規模な山林寺院跡が発見された。古代の北陸3県の主な山林寺院跡と比べても最大級とみられ、専門機関と連携した本格調査による全容解明が待たれる。

 日野川左岸に面した標高約130メートルの丘陵で、字名は「大社(おおやしろ)」。「朝宮大社遺跡」と呼ばれ、かつて神社があったとの伝承が地元集落に残る。日本考古学協会の埋蔵文化財保護対策委員古川登さん=同市=による今秋までの調査で、頂上から尾根の広い範囲に人工的な平たん面が20面以上確認された。標高72メートル付近では本堂下に前庭が広がっていることを示す、古代の山寺に特徴的な形状とともに8世紀末〜10世紀前半の須恵器片が見つかった。

 大きさは、前庭とみられる部分だけでも約40メートル四方と巨大で、古川さんは「地域の寺の規模を超え、越前国という国レベルで営まれていた可能性がある」と推測する。古代における宗教は国や地域を治めるための大きな役割を担っていたとされるだけに、推論通りなら当時の福井を描く上で重要な遺跡となるだろう。

 ただ、中世に入ると古代の寺を基礎に、これだけの規模で造成される可能性があると指摘する専門家もいる。一方、古川さんは、中世になると近くの大型寺院・方山真光寺(かたやましんこうじ)跡に移転した可能性があるとみており、解明に向けてさまざまな角度から検証が必要だ。

 既に夏以降、発見の一報を聞いた研究者が県内外から視察に訪れ、この場所にこれだけの寺院が置かれた理由について活発に推論が交わされている。この丘陵が当時の行政区画の一つ丹生郡の北端に位置し、足羽郡と日野川をはさんで接する地理的条件に注目。疫病など災いが入ってこないよう郡境で祈祷(きとう)する場だったとの見方や、水運との関係が重要との声がある。

 さらに「朝宮」という地名や、中心部が東側を向いていることなどから、白山遥拝(ようはい)など白山信仰との関連を指摘する研究者もいる。いずれにせよ、謎の解明には専門機関による調査が欠かせない。

 一方、今回の発見は本堂や前庭と推定される平たん面付近などの林道工事に伴い、須恵器片が出土したのがきっかけだった。遺跡の価値を山林所有者や関係機関に深く知ってもらい、保全に向けた対策を講じていくことも必要だろう。

 古代の山林寺院は比較的研究が新しい分野であり、未解明の部分が多い。今回、山林寺院が発見された朝宮大社遺跡のほかにも、県内の山中にはいまだ本格調査の網がかかっていない遺跡があると予想される。この発見を研究、保全機運が高まる契機としたい。

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