アルバムで村崎なを子さんの剣詩舞を懐かしむ服部絹代さん(右)ら宗生流の会員=福井市下森田町の宗生流剣詩舞道総本部道場

 福井市で10月に開かれた剣詩舞の全国大会で、同市の宗生流剣詩舞道総本部から5人が出場し、服部絹代さん(66)=同市=ら3人が詩舞の年代別部門で初優勝した。大会には5人と同じ流派で、同様に地区予選を勝ち抜いた女性師範も出場予定だったが、がんの再発で断念。大会から8日後に亡くなった。女性と師弟関係にあった服部さんは「優勝してほっとした。先生の分も頑張れたかな」と涙を浮かべた。

 女性は福井市の村崎なを子さん(66)で、服部さんが剣詩舞を40代前半で習い始めたとき、流派の師範だった。同世代ながら指導者である村崎さんを、服部さんは「人の心を引きつける踊りをする。表現力が抜群でみんなの憧れだった」と思い返す。

 村崎さんは昨年初めに胃がんと診断されて治療を続け、「病気が落ち着いた」と今年4月ごろ復帰。6月には流派の定期公演に出演した。これまで全国大会への出場は指導者という立場上見送っていた。今回は初の地元開催だったため流派の威信を懸けて出場を決意。1年以上のブランクを取り戻そうと稽古を重ね、8月の中部ブロック予選(岐阜市)では、吟詠に合わせて刀を持って舞う剣舞、扇を手に舞う詩舞ともに66歳以上の部で優勝した。

 全国に進めるのは1部門のみで、村崎さんは剣舞を選択。詩舞は服部さんが出場権を得た。村崎さんから「絶対優勝しないとアカンよ」と激励され、服部さんは「一緒に頑張りましょう」と答えたという。ところが予選直後、村崎さんのがんの骨への転移が判明。体力は次第に衰え、出場はかなわなかった。

 10月8日にあった全国大会は「日本コロムビア剣詩舞コンクール全国決選大会」で、5ブロックの予選を突破した35人が集った。服部さんは「先生の分も頑張ろう」と集中し、橋本左内の詩「獄中の作」に合わせ、悔しさや苦しみを見事な表情と振りで表現し栄冠をつかんだ。病床で優勝を知り「よかったよかった」と喜んでいた村崎さんだが、16日に亡くなった。

 服部さんは現在、稽古に励む傍ら地元の公民館で小中学生に宗生流剣詩舞を指導、舞の魅力を伝えている。「剣詩舞は強さと柔らかさを兼ね備えた踊りで、多様な感情を表現できる。私も村崎先生のように憧れられる指導者となり、子どもたちに文化を継承したい」と前を向いている。
 

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