【越山若水】微醺(びくん)を帯び、ゆったり構えて文学論などを語る。「酒仙作家」といえば、何だか優雅な印象だ。私小説家の葛西善蔵もそう呼ばれるが、ほろ酔いには程遠かった▼アルコール依存症で手が震え、書けなくなった。妻に口述筆記を頼みながら、はかどらなくなると手を上げる、足げにする。それがほとんど毎夜のことだった▼患っていた肺結核を悪化させ、亡くなったのは1928年。41歳だった。酒屋に残した借金は、現代なら数百万円に上る。酒仙作家と持ち上げにくい人生ではある▼百薬の長、人付き合いの潤滑油。酒の功は下戸ながらにも認めるが、葛西の妻子にすればどうだろう。家を窮地に陥れ、夫を暴力に走らせる酒は憎むべき魔物だったに違いない▼宴会での出来事だという。日馬富士は酔っていたのだろうが、ビール瓶で殴っては弁解できない。全治2週間のけがで九州場所の休場を余儀なくされた貴ノ岩の心中は、どうか▼わが福井県とは浅からざる縁の日馬富士である。鯖江・丹生消防組合はモンゴルへ、これまで4台の救急車を送った。その仲介をしてくれている▼2006年に交通事故で父親を亡くし「装備が整った救急車を増やして命を救いたい」と考えたからだという。心優しい横綱である。土俵では爽快感あふれる取り口が魅力だ。酒の上のこと、と大目に見てもらえそうもないのがつらい。

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