【論説】衆院選で野党などから「実感なき好景気」とアベノミクス批判を浴びたのを受けてだろうか、安倍晋三首相が選挙後、来年の春闘に向けて産業界に「3%の賃上げ実現に期待する」と要請した。賃上げ要請は5年連続だが、具体的な数字を掲げたのは初めて。衆院選大勝の勢いを駆って、宿願のデフレ脱却へ強気の姿勢を示したと受け取れる。

 経団連トップからは一定の理解を得られたが、最終的には各企業の収益状況に応じた対応になる。連合は大企業と中小などの格差拡大を懸念。業種、大都市と地方でも企業の体力差は否めず、首相主導の「官製春闘」で賃上げ率が上昇するかは不透明だ。口先介入よりも、後押しする政策が欠かせない。

 第2次安倍内閣以降、定期昇給とベースアップを含む賃上げ率は2%を上回る状態が続いてきたが、今年の春闘では連合の集計で1・98%と伸び悩んだ。2016年度の企業の内部留保が全産業で最高の406兆円に達するなど高水準の企業業績に比べれば、伸びは鈍い。

 有効求人倍率は右肩上がりの状況にある。「人手不足が続けば、需給調整により、おのずと賃金が上がる」という従来の経済学では想定外ともされる。

 企業は不況時に賃金カットをしなかった分、好況時に大幅な賃上げに踏み切らない▽賃金の低い非正規社員の導入▽社会保障費の増大―などさまざまな要因があるのだろう。北朝鮮情勢もそうだが、リーマン・ショックなどいつ経済状況が激変するか分からないから、といったマインドもあるのかもしれない。

 賃上げで個人消費が増え、物価も上昇、それが企業の一層の収益につながる―。そうした好循環をつくるという観点から首相は企業の賃上げは「社会的要請」と述べたのだろう。予算、税制、規制改革を総動員する考えも示したが、適切な後押しなのか、慎重な対応が求められる。

 懸念されるのは「働き方改革」により、企業は残業規制ばかりにとらわれ、固定給化している残業代のカットが実質的に賃下げの状況を生みかねないことだ。民間シンクタンクによれば、残業時間の上限が60時間に規制されると、残業代は年間8兆5千億円減少するという。

 さらには「生産性革命」により、人工知能(AI)やロボットなどの導入を促すことで、働く場を失う労働者が増える可能性も否定できない。

 政府、与党は賃上げ企業の法人税を軽減する「所得拡大促進税制」を延長し、人材育成を進める企業も優遇対象とする策を検討するとしているが、AI技術などが日々進化する中でどう人材をつくり上げていくのか、課題は少なくない。

 着実な賃上げが優秀な人材確保にもつながる。ただ、首相の3%賃上げ要請は好景気の自作自演であり、大企業寄りと言わざるを得ない。格差拡大で地方や中小企業などが置き去りにされるなら本末転倒だ。

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