【越山若水】江戸落語の最高傑作に、立川志らくさんは「黄金餅(こがねもち)」を推している(「全身落語読本」新潮選書)。そこで五代目古今亭志ん生だったかのCDを聴き、ゾッとした▼ため込んだ銭は誰にも渡さないと乞食坊主がそれらを飲んで死ぬ。のぞき見た男は遺体を焼いて金を取り出す。それを元手に餅屋を開くと大繁盛、という噺(はなし)▼陰惨極まりない。どこが落語かと思いつつきれいごとや軽薄な笑いでは描ききれない人間の業に身震いした。同じように、京都地裁の死刑判決にも陰々滅々となる▼筧千佐子被告。忘れもしない名前である。未遂を含め70代の男性4人が連続殺人の犠牲になった。弁護側は全面無罪を主張したが「金銭欲のための犯行」と極刑が言い渡された▼金をあの世へ持っていこうとした坊主。金にきれいも汚いもない、とばかり餅屋を開いた男。判決に沿っていえば、筧被告の金への執着は「黄金餅」の人物を圧倒して恐ろしい▼もう一つ、事件のキーワードを挙げるとすれば「男の孤独」だろう。犠牲者たちは結婚相談所を通じて被告と知り合った。誰かと暮らしたい寂しさが悪意を呼び込んだ▼男にとって家族というものの基盤は、しばしば「マザー・コンプレックスにある」。そう書いたのは詩人の谷川俊太郎さんだ。包み込んでくれる母性を知らず求める男の性(さが)。被告は冷たく見抜いていたのだろう。

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