「越前の白山」と記述した地誌や国絵図が並ぶテーマ展=福井市の県立図書館

 白山主峰を越前国の山とした江戸時代の史料を集めたテーマ展「地誌・絵図にみる『越前の白山』」が11月23日まで、福井市の福井県立図書館で開かれている。同館保管の松平文庫から11点を展示し、麓の村の帰属の変遷を絡めて歴史的背景に迫っている。

 奈良時代に活躍したといわれる越前の僧、泰澄が白山を開山してことし1300年になるのを記念し同館が企画した。現在、石川・岐阜両県の県境にまたがる白山主峰をめぐり、国境を取り決めた江戸期の公式な史料などは残っていないという。牛首など白山麓の18村の帰属については、越前と加賀で綱引きを繰り広げていた。

 同文庫「古今類聚(ここんるいじゅう)越前国誌」では、「白山山頂三社の祭祀(さいし)をつかさどるのは越前平泉寺であるから(1743年に幕府決定)、白山を加賀の山とするのは誤り」と指摘。「そもそも加賀は越前から分かれて出来た」と記述している。

 越前と隣国との境を記した「越前地理便覧」は、加賀と飛騨の国境について「当国大野郡(から見て)白山の後ろ」とし、白山を越前国の山と認識していたことを示している。

 同館司書の長野栄俊主任は「現在でも県境が未定の場所は全国で14カ所ある。江戸時代はもっとたくさんあった」と推測。「(白山を越前領とするのは)山頂の管理権だけでなく、白く輝く名峰を越前の山としたい思いがあったのだろう。麓の村の帰属の変遷も含め知ってほしい」と話している。毎週月曜日休館。

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