【越山若水】東京都内でタクシーに乗った客が、運転手に聞いた。「夜なんかさ、タクシーの空車がどんどん来るのに、手を挙げても絶対止まんない」。あれはどういうわけ?▼「こういうことなんだよね」と気のいい運転手。この客が手を挙げた辺りは近距離客が大半、と統計で出ている。こちらは遠距離客が欲しいから止まらないと▼「日本世間噺(ばなし)大系」(伊丹十三著、新潮文庫)にある。時は高度経済成長が終わる1970年代後半だ。40年近くたって、タクシー業界では人手不足が問題らしい▼2015年までの10年間に全国で約8万人、全体の2割余りも運転手が減ったという。業界の要望を受け警察庁は、運転手に必要な免許の受験資格緩和が可能か、検討を始めた▼実情に不案内な者から見ると、安全は大丈夫かという心配が先に立つ。さらに人手不足はタクシー業界に限らないと思い、ああこれは東京五輪対策かと、独り合点したりもする▼先の本に運転手のやるせない思いが書かれている。仕事も職場も楽しいけれど「タクシーの運転手の子供はね、いい幼稚園に行けないんだよ」と▼幼稚園の願書に父親の職業を正直に書くと、まず入れない。「世の中、そんなもんじゃないと思うんだよなあ」。今は昔のことだろうと信じたいが、業界の人手不足を聞かされ自信がない。できれば、遠距離客になって話を聞きたい。

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