【越山若水】中国春秋時代、楚の国に子発(しはつ)という将軍がいた。戦乱の世を勝ち抜くには豊富な人材が有利だとして、特技の持ち主をなりふり構わず探し積極的に登用したという▼その一人に天下の大泥棒がいた。楚が斉の軍隊に攻められたとき、子発は泥棒を敵陣に送り込んだ。男は闇夜に乗じてまず陣幕を、次に将軍の枕を盗みだした▼これ見よがしに盗品を送り返すと、敵将は「次は私の寝首がかかれる」と戦々恐々。即座に軍を退却させた。有害な盗みの技能でさえ利用した知恵が窮地を救った▼前漢の思想書「淮南子(えなんじ)」にある逸話である。悠久の時間を超え、かの地を統治するのは中国共産党の習近平(しゅうきんぺい)総書記(国家主席)。きのう新たな最高指導部7人を選出し、2期目のスタートを切った▼「反腐敗運動」の名の下、目の前のライバルをあの手この手で失脚に追いやった。「ポスト習」と思われた候補も昇格は見送られ、まさに「1強体制」を盤石のものにした▼ただ子発には賢母で知られる母がいたらしい。訪れた使者に戦地の食料事情を聴くと、兵士は豆で飢えをしのぎ、将軍は肉と米を食べていると答えた▼怒った母はがい旋して戻ってきた息子に、部下をないがしろにした振る舞いを叱責(しっせき)、家の中に入れなかったという(「列女伝」)。一大権力を手中にした習氏に、「子発の母」のような直言居士(こじ)は不要だろうか。
 

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