川崎―仙台 後半、同点ゴールを決め喜ぶ川崎・小林(右)=等々力

 自分が劇作家だったとしても、恥ずかしくてこのようなストーリーはとても書かないだろう。あまりにも話が出来過ぎ。いわゆる、ベタというやつだ。

 シーズンも締めくくりに入った10月14日のJ1第29節の川崎対仙台戦。川崎のホームである等々力陸上競技場で行われた一戦の試合展開は、「事実は小説より奇なり」という英国の詩人バイロンの言葉が現実にも存在するのだということを改めて思い知らされる展開となった。

 残り時間10分弱の時点で、2点のビハインドを背負っていた川崎。その2失点ともが「出合い頭の事故」的なものではなく、仙台の緻密な組み立ての末に奪われた得点。普通ならば、勝ちはおろか引き分けすら望めない展開だ。それをわずか6分足らずの間に3ゴールを連続でたたき込んで引っ繰り返す。劇画だったらあまりにもひねりがない。まさに「陳腐」だが、現実世界で目の当たりにすると鳥肌が立つような身震いを覚えた。そのような試合に出くわした観客は、自分も含め幸運だった。

 「今日負けていたら終わっていたんで……」

 この日、史上17人目となるJ1出場400試合を果たした川崎の“バンディエラ”中村憲剛が語ったように、2位につける川崎がこの試合に敗れていたら今シーズンのJ1の優勝争いは急激につまらないものになっていただろう。首位・鹿島との勝ち点差が8に開く可能性があったからだ。残り5試合でこの差を詰めるには、川崎が勝ち続け、鹿島が「2勝2敗1引き分け」ないしは「1勝4分け」で勝ち点がやっと並ぶ。逆転するには、鹿島が3敗しなければいけない。勝負どころで桁違いの強さを発揮する鹿島に限って、それは考えにくいことだった。

 1週間前のルヴァン・カップ準決勝の試合に続き、今月だけで3度目の対戦。開始から主導権を握ったのは仙台だった。ボールを奪ってからの一本目の展開が効果的で、ペナルティーエリア付近までは必ずパスがつながっていく。正直、仙台がここまでのパスサッカーに変貌しているのは知らなかった。意図を持ったボール運びをするチーム同士の試合展開は、見ていても楽しくなるものだった。

 ちょっとナイーブなジャッジもあって、家長昭博が二度の警告を受けて、前半で退場処分。2点を奪われた時点で、数的不利の川崎が勝つのは難しい展開になった。いつもは「平和的」雰囲気で知られる等々力にしては珍しく、仙台寄りの判定が出ると激しいブーイングが起こる。そこには、勝ちから遠ざかりつつある現状に対する怒りが加味されていたように思える。とにかく、スタジアムにはいつにない独特の「負」の空気が漂っていた。

 重たい雰囲気を足の一振りで変えたのがエウシーニョだった。本来は右利きの右サイドバックが、車屋紳太郎のパスを受けると内側にカットイン。ペナルティーエリアの外から、ファーポスト際に見事な左足でのミドルシュートをたたき込んだ。後半37分のことだ。

 「パスをもらった瞬間にシュートのイメージは持っていた。いつも左で打つときはあそこ(ファーポスト際)を狙っている。カーブで中に入ってくるボール」

 エウシーニョのこの力強い一撃は、エース小林悠の心にも勇気を与えた。「エウソン(エウシーニョ)のゴールで、もしかしてという希望が出た」と、パワーをもらったキャプテンはここから計り知れない底力を発揮する。

 ペナルティーエリア外からでも、GKのセーブが及ばないファーポスト際に思い切ったシュートを放つ。点を取るためには、シュートを放たなければいけない。逆転するためにはそれが不可欠だった。

 後半39分、そして同42分。小林はペナルティーエリア外からカットインしてから弾丸シュートを放った。振り抜くと浮きがちなインステップではなく、インフロント気味にボールをとらえた技術は、興奮状態の中に置かれても冷静さを失わない点取り屋ならでは。直前にエウシーニョがいいイメージを映像で残してくれたのも大きい。それがペナルティーエリア外からの、豪快にして細心のシュートにつながった。結果、見事な逆転劇で川崎の視界には、まだ鹿島の後ろ姿がまだしっかりと見えている。

 「負」の空気感。それは一瞬にして変わることをスタジアムにいた人は感じただろう。奇跡的な勝利を収め、自らの400試合出場に花を添えた中村は、小林が同点とした瞬間の空気感をこう表現した。「逆転までいける。そういう等々力の空気がすさまじかった」と。

 帰路につく人々の表情が、なんと幸せそうなことか。きっとこの人たちは、この試合を境に「奇跡」があることを改めて実感したに違いない。楽しい一日だった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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