古楽器奏者による音楽エッセー集。「面白い」と軽々しく薦めることは控えよう。

 初期の楽譜はイトミミズがはったような形の記号が並んでいるだけで、正確な音程を示せなかった。でも歌は覚えて歌うものだったので、それで十分だった。やがて音の高さや長さを正確に表す音符(オタマジャクシ)が発明され、楽譜から線的な要素が失われて点が並ぶことになった。それは演奏者に音の出だしや音程が変わるタイミングを過剰に意識させることになり、点と点の間に表現される歌心をなくす最大の原因となった――。

 さて、こうした話をもしあなたが「面白い」と思うのなら、本書はめったに出会えない掘り出し物となるだろう。

 著者が演奏するのはバロック音楽以前の作品。専門用語や楽譜が出てくるし、なじみのない作曲家や演奏家も登場する。ジャズや民族音楽にも言及される。だが、そこで一貫して展開されているのは、音楽を音楽たらしめるもの、すなわち歌心とは何かについての原理的考察だ。

 「歌心のためのリズムはオフビートだ」「リズムは一つひとつの音をつなぐエネルギーの動き」「音の位置エネルギーは旋律表現の花形」等々。

 こう書くと、抽象的で小難しい専門書のようだが、ノリはいたって軽妙でポップ(八代亜紀やシャロン・ストーンも登場する!)。言葉にしづらい音の世界を、比喩やオノマトペを駆使して巧みに表現している。

 狭くて深い穴をくぐり抜け、見知らぬ音楽の沃野に連れ出される。

(アルテスパブリッシング 2200円+税)=片岡義博

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