地村保志さん、富貴恵さん=ともに1978年失踪当時(23)=が暮らし始めた平壌郊外の招待所は平屋だった。寝室と勉強部屋、風呂、トイレ、台所、世話係の女性の部屋があるだけの小さな建物。食事は勉強部屋の丸テーブルでとった。

 そこは山間部で、谷ごとに招待所があり、十数軒ずつの家が並んでいた。そのほとんどが平屋だった。2人が平屋に住むのは初めてだった。

 冬はマイナス10度以下に冷え込んだ。暖房機具は、床下にお湯を通すオンドルだった。停電は頻繁で、3日ほど続くことがあった。その間はオンドルが使えず、家の中でも寒さが厳しかった。

 指導員の命令で、近くの招待所に引っ越すこともあった。新潟県の拉致被害者、蓮池薫さん=同(20)、祐木子さん=同(22)=夫妻と一緒になったこともあるが、話をすることは一切禁じられていた。

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