【越山若水】グアム旅行で実弾射撃を体験したことがある。もう20年ほども前だが、暴発の恐怖が生々しい。引き金を引いても発射しなかった。あれ? と思う間もなくバンッ▼そばに家族がいた。不発だったら銃を絶対動かすな、と注意されていたからよかった。でなければ…思いだすと、いまも冷や汗が出る。銃はもう、こりごりだ▼米ラスベガスで起きた史上最悪の乱射事件には、だから身の毛のよだつ思いがする。テロか個人の犯罪か。それも重大な違いだろうが、目が向くのは銃社会の罪だ▼惨劇を何度も経験しながら、米国内には2億7千万丁の銃があり、銃による死者は毎年約3万人に上る。事件のたびに規制論議は高まるが、同時に銃の需要が伸びる傾向がある▼なぜそうなのか。理由は憲法で市民の「武装権」を認めていること。さらに銃業界が議会に強い影響力を持つこと。つまり国の原理とビジネスが結びついているからだとされる▼銃を規制すれば、建国の理念を否定することになるらしい。おまけに、業界の主張が巧妙だ。「銃は悪くない。悪いのは人間だ」というのである▼昔の日本人は銃を「飛び道具」といった。顔の見分けがつかないほど遠くの人間も殺傷する。距離があるから、使う者の罪悪感は軽くなる。今度の容疑者も、まるで人形をなぎ倒すかのような乱射ぶりだ。銃は悪い。人心を狂わせる。

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