平壌郊外の招待所で一緒に暮らし始めた浜本富貴恵さん=1978年失踪当時(23)=と、田口八重子さん=同年失踪当時(22)=は、机を並べて朝鮮語を勉強するようになった。先生は、富貴恵さんを拉致した辛光洙容疑者だった。

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 地村保志さん=同(23)=も、新潟県の拉致被害者、蓮池薫さん=同(20)=と一緒に生活するようになってから、留学生用の大学の教科書を使って、朝鮮語をほぼ独学で勉強した。

 保志さんは関係者に「そのときに北朝鮮から逃げようと考えたことはない。ばれたときが怖いから」と話している。指導員からは「とにかく朝鮮語を勉強しなさい」と言われた。帰国できるかもしれないという、わずかな望みを抱え、必死に学んだ。1年半後には、指導員らと普通に話ができるほどになった。

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 拉致から1年ほどたち、生活が落ち着いてきたころ、保志さんと富貴恵さんは、指導員らから、しきりに結婚を勧められた。相手が誰とは言われなかった。お互い、拉致されたのは自分だけと思っていたが、結婚は断り続けた。

 保志さんは「結婚を約束している人がいる。その人を連れてきてくれるなら結婚する。それ以外ならしない」とはっきり言ったという。

 すると指導員から、富貴恵さんは北朝鮮にいると知らされた。拉致から1年4カ月後の79年11月、2人は蓮池さんや田口さんと暮らした招待所を離れ、平壌郊外の別の招待所で再会を果たした。

 先に住んでいた保志さんは、車でやって来た富貴恵さんを玄関先で出迎えた。喜びと安堵感があふれ、泣き崩れながら抱き合った。

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