地村さん夫妻が拉致された小浜公園展望台近くの海岸。ここでボートに乗せられたとみられる=福井県小浜市青井

 星空がきれいな1978年7月7日夜、福井県小浜市のレストランで食事を終えた同市の地村保志さん=当時(23)=と浜本富貴恵さん=同(23)=は、地村さんの軽トラックで標高67・2メートルの小浜公園展望台(同市青井)に向かった。七夕のデート。2人は1週間前に結納を交わし、秋に結婚することが決まっていた。

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 頂上近くの道を、男4人が歩いて登っていくのが、窓越しに見えた。保志さんは関係者に「半袖のワイシャツみたいな服で、夏場の観光客のようだった」と話している。当時、展望台近くにはユースホステルがあったため、不自然な光景ではなかった。

 展望台付近に車を止めて、階段を上り、展望台の2階に行った。柵にもたれ下をのぞくと、外のベンチに座っているアベックが、さっきの4人に取り囲まれていた。追い払われるように、アベックは車に乗って去って行った。

 「様子がおかしい」と思った保志さんは、下の様子を確認するため、たばこを取りに車に戻った。展望台1階のベンチに座り、たばこを吸っている4人が見えた。

 保志さんはたばこを持って2階に戻ったが、嫌な予感がした。立ち上がって帰ろうとすると、4人が後ろに立っていた。階段を上る音など、近づく気配はまったく感じなかったという。

 その瞬間、後ろに倒されうつぶせにされた。猿ぐつわのようなものを口にはめられ、保志さんは手錠、富貴恵さんは後ろ手に縛られた。足も縛られた。保志さんは頭を振って抵抗したため、地面に顔を擦った。そして、2人はそれぞれ麻のような袋をかぶせられた。うつぶせの状態で、男の肩に担がれて、斜面を下ろされた。

 保志さんは関係者に「動くたびに男の肩がみぞおちに入り苦しかった。自分が動こうとすると、手錠が締まっていく感覚があった」と打ち明けている。音と男たちの動きから推測すると、車道に出て、1台の車が通り過ぎるのを待って、浜まで下ろされた。

 息苦しそうにしている保志さんを見かねたらしく、口元付近の袋の布がナイフで切られた。そのすき間からわずかに見えた風景を保志さんは覚えているという。両端には岩、正面には真っ黒な海と、奥にはいさり火が光っていた。

 襲われてからここまでの間、2人は男たちの声を一言も聞いていない。まさに無言の犯行だった。

 公園でアベックが追い払われていることから、日本側の第三者が関与するなどした“狙い撃ち”だったようにもみえる。ただ、デート先に公園を選ぶことを予想できる人物がいるはずもなく、2人は自分たちに起こった悲劇を「偶然だろう」とみているという。

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