福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館(仮称)の整備用地で発掘された石敷遺構=19日、福井市安波賀中島町

石敷遺構が発掘された場所

 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館(仮称)の整備用地=福井市安波賀中島町=で、戦国期の大規模な石敷遺構が発掘されたことが19日、分かった。船着き場や荷揚げ場の機能を果たし、川湊(かわみなと)を持った流通拠点「一乗の入江(いりえ)」の一角とみられ、これまでは文献史料でのみ確認されていた。同遺跡の研究に長年携わる国立歴史民俗博物館の小野正敏名誉教授は「戦国城下町とセットになる港湾施設の遺構が発見されたのは全国初」としている。

 博物館建設を前に、県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館が整備用地の発掘調査を今年5月から進めており、7月に見つかった。同遺跡北側の発掘地点はこれまで水田だった場所で、地表から約40センチの深さで発見した。遺構は約10~20センチの大きさの丸みのある石が大量に用いられ、幅約5メートル、長さ約35メートル、高さ約0・7メートルの石敷き。同時に確認された足羽川から川湊へ至る幅約30メートルの流路を横切る形で構築されている。

 同資料館などによると、土層の堆積状況や出土遺物などから戦国期の遺構とみられ、当時の形状から変化していないと考えられるという。川湊側は一段低く、荷物を積み降ろしやすいよう配慮され、表面に平らな石が積まれ通行しやすいようにもなっている。

 遺構は、昨年石垣の一部が出土したことで位置が推定されている宗教施設「経堂(きょうどう)」に向かって真っすぐ延びており、参道としても使われていたと考えられる。遺構と「経堂」の推定範囲の間の発掘調査も進めており、新たに石敷の一部が出土している。

 小野名誉教授は「朝倉氏は港湾の経済権益を取り込む形で都市づくりを構想したと考えられる。全国の中世都市の成立や政治、経済機能を考える上でも非常に重要な遺構」と話している。県では遺構を現状のまま保存し、2021年度オープンを目指す同博物館の目玉の一つとして展示、活用する方針。

 24日午後2~3時に現地で説明会があり、小野名誉教授らが解説する。

関連記事
あわせて読みたい