1968年の福井国体の感動を伝える「ときのはこ」埋設地=福井市の福井運動公園

 1968年の福井国体は、多くの県民が大会を支え、その思いに応えて選手団が天皇杯獲得(男女総合優勝)を成し遂げた。来秋の国体・障スポでは、当時を超える熱狂が待っているはず。県内に残る半世紀前の記憶をたどる。

 68年と同様、国体のメイン会場となる福井市の福井運動公園。管理事務所近くにこんもりした盛り土がある。頂の石に「ときのはこ」と刻まれている。68年の国体は明治維新から100年の記念でもあり、明治以来の福井県の発展と大会の感動を子孫に残そうと、閉会式後に資料が埋められた。明治200年に当たる2068年まで100年間の“眠り”についている。

 福井県立歴史博物館(福井市)に、設計図と歴代知事に趣旨を引き継ぐ文書が保管されている。地下5メートルまでコンクリートで囲み、ともにステンレス製の保存容器と資料箱を埋めた。資料が劣化しないよう容器内を窒素で満たし、ボルトで閉じた。山形裕之副館長は「かなり厳重に造られた印象。当時は今以上に福井県の認知度が低かったはずで、小県でも国体を成功させた記録を確実に伝えようという思いを感じる」と語った。

 収めた95点の資料は、県旗や国体旗、県勢のユニホーム、競技で使われたストップウオッチなど大会関係が中心。当時の県総合開発計画書や主要産業の織物の見本、越前竹人形、越前和紙といった県産品、世相を伝える週刊誌なども含まれている。

 当時の中川平太夫知事は、引き継ぎ書に「大会で示された県民の努力と偉大なる成果は、県勢発展のエネルギーであり、躍進する本県の未来からの呼び掛けに応えるものでもあった」と記した。

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