【論説】人手不足が県内はむろん全国的に常態化している。経済理論で言えば、人手を確保するため待遇アップが図られ、中でも賃金が上昇するはずだが、統計などをみると上がっていないのが現状だ。これには首をかしげる専門家も多いそうだ。

 景気拡大は戦後2番目に長い「いざなぎ景気」に並んだとされるが、賃上げの恩恵に浴さない国民に実感はない。賃金が上昇すれば物価も上がり、日銀の目指す2%の物価上昇も実現可能になる。だが、達成時期を6度も先送りした。景気の好循環を生む賃上げ局面は来るのか。

 ■求人倍率は高止まり■

 有効求人倍率は2008年のリーマン・ショック以降、右肩上がりで上昇。全国でみると今年7月は、5カ月連続で改善し1・52倍にまで達した。県内は2・11倍と、都道府県別で3カ月続けて全国1位となった。

 人手が足りなければ、現有人員で頑張るしかないのだが、需要が増えれば増えるほど、現場に過酷なしわ寄せが来ている実態がある。福井労働局がまとめた16年の県内事業場に対する監督指導結果では、違法な時間外・休日労働など「労働時間」が全体の26・9%に上り、過去5年間で最も高くなったという。

 一方、賃金はどうか。厚生労働省などの調査では、10年を100とした全国の「きまって支給する給与」の実質賃金指数は翌11年以降、100を割り込み、15年の94・3とむしろ減少傾向にある。県内はほぼ横ばいで15年は98・6。好景気が続いているが、国民や県民の懐は潤っていない。

 ■「最大の謎」に挑む■

 これを「最大の謎」として解明に挑んだ本が4月に発刊された。タイトルはずばり「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」(慶應義塾大学出版会)。県内で「希望学」の調査を行った東京大の玄田有史教授が編者となり、経済学や労働問題に詳しい大学教授、研究者ら21人が論考を加え興味深い。

 中でも、不況期に賃下げをしなかった企業ほど、好況でも賃金の上昇幅を低めに抑える傾向にあるとの論には首肯させられる。リーマン・ショックのような事態に備え内部留保を積み上げているのだろう。

 また、労使折半となっている社会保険料の負担が年々増え、企業から賃金上昇の余地を奪っているとの見方もある。人手不足が顕著な医療・福祉産業では、診療報酬制度などでサービスの価格が抑制され、賃金が上がりにくい。これが他のサービス産業にも影響しているとの説は当を得ていないか。

 ■残業規制で所得減も■

 論考では、人手不足を高齢者や女性の非正規・短時間雇用でカバーしてきた面があり、これが平均賃金に影響したとする指摘もある。高齢者や女性の人材が枯渇すれば、賃金上昇に向かう転換点となり、早晩こうした時点も訪れるとの見立てには期待感を覚える。

 ただ、懸念もある。人手不足対策として企業が人口頭脳(AI)やロボットの導入に力を入れ始めていることだ。現に県内でもレジの自動化を進めた店舗をいくつか見かける。国内で働く人の約半数の仕事が、10〜20年後にAIなどに置き換えられるとの調査結果もある。

 さらには、声高に残業規制が叫ばれる中で、上限が月平均で60時間に規制されると、残業代が最大で年8・5兆円減少するとの試算を民間研究機関がまとめた。残業代が固定給化している側面もある。「働き方改革」は推進すべきだが、所得ダウンにつながっては経済の好循環は生まれないだろう。

 玄田氏は「多くの人の幸福と希望につながる賃金の引き上げが実現できるのか…冷静で広い視野からの議論を続けることが何より大事」と締めくくった。一考を求めたい。

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