【越山若水】9月1日は、いわば「重い日」だ。1923年に関東大震災が起き、10万人以上の死者・行方不明者が出た。この惨禍を受け「防災の日」になったのは周知のこと▼ことしがそうだが、大抵の年の1日が「二百十日」に当たるのも印象を重くする。農家の厄日で台風の襲来が多いとされる。が、統計ではむしろ台風は少ない▼ぬれぎぬである。気の毒なので別の統計を探すと、深刻なのがある。やはり「重い日」だ。子どもの自殺は9月1日が1年で最も多い、という統計データが悲しい▼誰もが思い浮かべるキーワードは「学校」だ。友達や先生とソリが合わずに悩んでいる子、学校そのものになじめない子。長い夏休みの後の登校は、彼らにとって命を絶つほどの苦痛なのに違いない▼新潟県十日町市に住む14歳の少年は、小学3年で「学校に行かない」ことを選んだ。病気で体毛がなくていじめられ、つい反撃したら、どっちも謝るよう先生から言われた▼傷付いた。が、それは学校に行かなくなるきっかけにすぎなかった。食べて眠るのと同じく、ただ考え文章をつづる。そんな彼に、学校は不要だった▼こうして書きためた文章は3月、本名の「別府倫太郎」を書名として刊行された。固定観念を揺さぶる1冊になった。特に「学校に行って当然」と考える大人に問い掛ける。命と天秤(てんびん)にかけても当然なの? と。

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