守備練習で選手に指示を出す坂井の川村忠義監督=7月29日、福井県坂井市の坂井高グラウンド

 男泣きだった。選手時代には届かなかった夏の甲子園。坂井を初出場に導いた川村忠義監督は、福井大会決勝直後の優勝インタビューで「あと一歩で逃し、悔し涙を流してきたので本当にうれしい」と目頭を押さえた。

 福井市出身の43歳。福井商業OBで高校時代は2年生になる春の選抜大会に出場した。最上級生になり、強打の3番・中堅手として活躍したが、最後の夏は福井大会決勝でサヨナラ負け。

 「センターで泣いていた。自分の打撃成績が良くても、チームが勝てず悩んだ。個人の力は無だと感じた」と振り返る。辛酸をなめた経験が後の指導やチームづくりに生かされた。

 日体大に進み、主軸打者として首都大学リーグなどで活躍。卒業後、県内中学、高校の指導者になり、春江工業では監督として2013年春の選抜大会に初出場。強肩強打の捕手、栗原陵矢(ソフトバンク)を育てたことでも知られる。

 熱き指揮官だ。名門で培った技術、経験を選手に注ぎ込むが、最も重視するのは選手との対話。野球の話だけでなく、学校生活や家庭、食事などについて「納得がいくまで話す」。春江工業時代から「川村塾」と呼ばれる野球を通じた人間教育の一つでもある。

 自分の気持ちをあまり表に出さなかったエース吉川大翔には、よく話しかけた。昨夏からは吉川が「野球ノート」を監督に持ってくるようになり“心のキャッチボール”が始まった。

 「この球種を投げるのが苦手なんだと分かると、じゃあ練習していこうと返した」と川村監督。あるときは笑顔の人の写真をノートに張り「どう思う」と尋ねた。吉川は次第に自分の思いを伝え、試合では闘志を表に出すようになった。川村監督は「精神的な成長を促す手段だった」と言う。

 福井商業の元監督で恩師の北野尚文さんが「憧れ」の存在。「夏に何度も甲子園に行っている。あのパワーはすごい」。北野野球に敬意を表し、自身も川村野球を模索した。チームカラーの「オレンジ」を前面に出し、人として、プレーヤーとして「逃げない」をモットーに掲げてきた。

 優勝インタビューで「監督さん大好きです」と叫んだ主将の吉田温郎は「自分たちが成長するために、怒ってくれるから」とその理由を話す。選手との対話で築き上げた信頼関係は、川村野球の神髄とも言える。「この子たちと少しでも長く野球がしたい」。固い絆を胸に、夏の甲子園初戦に臨む。

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