【越山若水】「吾輩は猫である」が人気を博した夏目漱石に、同じ作家の大町桂月は子供じみた小説だと批判した。漱石もあれほど安っぽい文章を書く人はいないと言い返した▼しかし二人の関係が決裂したわけではなく、大町は漱石に自分の雑誌に原稿を書くように依頼した。漱石も手紙で用件を述べ、最後に軽い冗談を発している▼「猫は大(だい)分諸方(ぶしょほう)で褒められましたから少々痛い処(ところ)を喫する方が本人の為(ため)と心得ます」と恐縮の姿勢。「然(しか)し少しは褒めて呉(く)れたんでしょうな。呵々(かか)」と大笑いした▼さらにこう追伸を書き加えた。大町の批評は青年たちに大きな影響を与える―と記し「悪口を云(い)って仕舞(しま)ったら仕方がないから、後篇(こうへん)が出たとき大いに褒めて帳消(ちょうけし)にして下さい」と今度は懇願調だ▼「夏目漱石の手紙に学ぶ伝える工夫」(中川越著、マガジンハウス)で知った逸話だが、なぜか永田町の一件が思い浮かんだ。安倍内閣の支持率急落と先の内閣改造である▼「安倍1強」にあぐらをかき国会運営で強権を発動した。森友・加計(かけ)学園の疑問にも一向に説明を尽くさない。さすがに国民のしっぺ返しは強烈だった▼手紙の追伸とは要は書き忘れ。緊張感を欠いていた証明である。安倍首相は内閣改造という追伸を差し出した。支持率はやや回復したとはいえ、首相への信頼度は低いまま。悪評を帳消しにするのは時期尚早だ。

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