東西2間、南北6間にわたって礎石が出土した建物跡(中央)と底部に河原石が敷かれた池状の遺構(右下)=1日、福井県越前市府中1丁目

 福井県越前市が府中1丁目の新庁舎建設地で進めている府中城跡の発掘調査で出土した礎石群や池状の遺構について、複数の専門家が「(府中領主の)本多氏の御館(おやかた)の可能性が高い」と指摘していることが7日分かった。市は画像や図面に記録した上で、今月下旬に新庁舎建設に取りかかる計画。遺構の保存について再検討を求める市民グループは同日、市に要望書を提出した。

 新庁舎建設に伴う発掘調査は昨年8月から、2層に分けて実施。礎石群や池状遺構は江戸初期から中期と推定される第2層から出土した。

 市文化課によると、礎石群は東西7間(1間は1・4メートル)、南北9間の36個、東西1間、南北4間の4個、東西2間、南北6間の18個の3カ所。このうち東側にある18個の礎石群の東隣に、一部が石で囲まれた東西約7メートル、南北約15メートルの池状の遺構が出土した。底部に河原石が敷かれ、その下には粘土が張られており、水が漏れないようにした跡がみられる。

 近世の城郭に詳しい吉田純一福井工大客員教授は、苑池(えんち)を伴った建物が奥側に配置されている点などから「本多氏が政務をつかさどり、生活の場としていた御館の可能性が高い」と指摘。考古学や工芸史が専門の久保智康・京都国立博物館名誉館員(越前市)も「江戸前期の苑池と建物の遺構がこれだけきれいに出土した例は極めて珍しく、北陸初の事例では」とし、「本多氏の御館跡と断言できるのではないか」と説明する。

 調査地の東側では南北約30メートル、高さ約1~3・5メートルの石垣が見つかり、吉田客員教授は石垣の裏側や積み石のすき間に河原石が詰められている点に着目。「(江戸時代初期に築かれた)福井城などと形状が異なる特徴から、時代をもう少しさかのぼる可能性がある」と指摘している。

 遺構の記録保存を進めている市は、まとまった形での現物の保存は原則行わない方針で、22日に新庁舎建設の起工式を開く。吉田客員教授は「武生のまちの基盤は本多富正により府中城を中心に整備されたもので、今回の遺構は核となる場所。現地保存が難しいなら、せめて一部を移すなどの方法も検討すべきでは」と話している。

 調査結果を受け、市内の古文書学習グループ代表を務める池田正男さん(72)ら5人を共同代表とする「府中城址(じょうし)の石垣を保存する会」は7日、遺構の保存の再検討を求め市に要望書、市会に請願書を提出した。同会は4日に市内で開いた勉強会の参加メンバーを中心に結成された。ほかの市民グループにも要望書提出の動きがあるという。

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