自身が手掛けたサンプル生地を手に「経編みの可能性はまだまだある」と意欲を見せる横町上さん=福井県あわら市の八田経編あわら工場

 カーシート、衣料、シューズ素材…。経編み機を駆使してさまざまな生地の企画開発を主導し、「開発の八田」と業界内で呼ばれる八田経編(本社福井県鯖江市中野町、八田嘉一郎社長)を長年支えてきた。「経編みの可能性はまだまだある」。後進の指導が主な役割となった今も、時間を見つけては30年以上使い続けてきた経編み機で生地開発に励む。

 開発課の横町上さん(61)。社内で「レジェンド」と呼ばれる存在。その意味を若手社員は「横町さんの頭の中には仮想機械があり、そこで生地を編むことができるから」と語る。長年携わってきたダブルラッセルの生地は、表と裏、それらをつなぐ糸の3層構造で、立体的な編み物となる。糸の通し方、組み合わせの数は膨大だ。

 “頭の中”で編むには、複雑な3層の糸の組み立てを立体的に思い描かなければならない。さらに、考えた編み方を数値に変換して設計書にする必要がある。これらを短時間で正確にこなすには長年の経験と感性が求められる。当人は「これだけをやってきたから」と謙遜するが、周囲は「天才肌の横町さんだからできること」とたたえる。

 あわら市出身で、地元の中学卒業後に入社。坂井工場(現あわら工場)勤務となり、経編みの一種のトリコット生地の製造を担当した。転機となったのは1980年代。カーシート用の生地生産に向け、同社がダブルラッセル編み機を県内で初導入したのに伴い、開発担当となった。間もなく、当時大ヒットした高級車用の生地に採用され、編み機を増強して対応した。

 ダブルラッセルの厚さ約2ミリの生地を半分の厚さに切る「センターカット」という同社固有の技術を使い、衣料用の高級生地も開発してきた。立体的なメッシュ構造のシューズ素材も高い評価を得た。通気性と軽量性に優れ、近年の五輪の女子マラソンで2選手の金メダル獲得に貢献した。

 顧客らの求めに応じて多彩な生地を生み出してきたが、「こちらから提案したものが採用されたときに最も喜びを感じる」と話す。カーシートでは、従来より柄のサイズが大きい生地を提案し、新たな受注獲得につながった経験も。これまでの功績が評価され、今年の県繊維技術功労者表彰を受けた。

 開発課係長まで務め、昨年からは開発課の一員として後進の育成に力を注ぐ。若手からは、経編みの設計について相談されることが多いと言い、数万点に及ぶ生地を試作して蓄積した知見や昔の設計書などを基に助言する。ただ、繰り返し言うのは技術的な部分ではない。「けがはするな。機械の代わりはあるが、人の代わりはいない」と社員の安全を常に考える。

 一線を退いた今も、開発への情熱は衰えない。「お客さんに喜ばれる物は何かを考え続けている」。技術者としての信念を語り、屈託のない笑顔を見せた。

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