福井市内で講演する日野原重明さん=2015年6月27日、同市のフェニックス・プラザ

 18日に死去した聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんは、医療者として常に時代の先を見つめた改革者だった。患者に寄り添う姿勢にこだわり、最晩年まで後進の育成などに情熱を燃やし続けた。高齢になっても生きがいを持って生きることを提唱する「新老人の会」会長として福井県内でも講演し、多くの高齢者に元気を与えた。

 「医療界のリーダーになれるような人材を、育てる機関をつくりたいと思っているんです。東京オリンピックまでには手を付けられると思う」

 6月初旬、日野原さんは、車椅子から身を乗り出し、身ぶり手ぶりを交えながら、今後の夢を熱く語っていた。講演会のたびにユーモアを交えながら、自らの闘病体験や車椅子生活の様子などを披露。回診では後輩の医師を質問攻めにするなど妥協を許さなかった。

 親交のあった福井県内の医療関係者は偉大な医師との別れを惜しむ。新老人の会福井支部の事務局長を務める松原病院(福井市)の松原六郎代表理事(66)は、2014年の支部発足時から日野原さんと交流。「認知症や障害のある人だけでなく、健康な人たちを研究して医学の発展につなげようという理念に感動した」という。105歳となる昨年の誕生会にも駆け付け元気な姿を目にしており、「団塊の世代が後期高齢者となるこれからの世の中の道しるべとなる人を失った」と悼んだ。

 日野原さんは14、15年に福井市内で開いた同支部のフォーラムで講演。年齢を感じさせない語り口で「人は生き方を変えられる」「人生に夢をもって」と呼び掛けた。松原さんは「周りに気遣いもできて、常に前向きな人。存在そのものがわれわれに勇気を与えてくれた」と振り返った。

 日本音楽療法学会員でフルート奏者の浅川由美さん(福井市)は17年前から、同学会名誉理事長の日野原さんを慕ってきた。「年を取りながら若い人の手本になろうとする姿勢を尊敬していた。一緒に過ごした時間は宝物。今後の演奏活動では、つらい人にそっと寄り添う先生の気持ちを受け継いでいきたい」と、涙をこらえていた。

 福井大の上田孝典副学長(68)は、10年の医学部創設30周年で当時の同学部長として日野原さんと対談した。「在野の立場から学術面でも大きく貢献された。日本の医学界にとって重要な人だった」と強調。晩年まで医師養成の仕組みづくりに注いだ情熱をたたえ、道半ばとなったことは「きっと心残りだっただろう」と最期の心境に思いをはせた。

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