8時15分からの5分間だけは、まるで時が止まってしまったかのような静寂に包まれる

 名門進学校で実施されている、一見すると大学受験勉強にはまったく関係なさそうな授業を実況中継。今回は東京・池袋の女子校「豊島岡」の「深イイ授業」を追う。

 ■真っ白な布に、赤い糸を縫っていく

 池袋駅東口からまっすぐ伸びる大通りに面して、豊島岡女子学園中学校・高等学校(以下、豊島岡)はある。8階建ての校舎は、よく見ればたしかに学校らしいたたずまいではあるが、気をつけていなければまわりの商業ビルやオフィスビルにまぎれて素通りしてしまうかもしれない。通りの反対側から見ると、豊島岡の校舎の背後にはサンシャイン60がそびえている。

 朝7時、校門が開く。始業時間の8時10分までにはまだ余裕があるが、パンパンに膨らんだカバンを両手に持った生徒たちが吸い込まれていく。部活の朝練かもしれない。名物「月例テスト」の追試かもしれない。

 「月例テスト」とは、朝のホームルームの時間を使って実施される5〜10分間の小テスト。高1までは漢字、英単語、数学の3種類。高2以降は古文単語、英単語、そして理科または社会の3種類。それぞれ月に1回のペースで実施するので、結果的に毎週いずれかの月例テストを受けることになる。しかも合格点を取れるまで追試が待っている。

 これが豊島岡生の基礎学力を担保し、昨今の大学合格実績の土台になっていることは間違いない。東大合格者数に関して言えば、いわゆる女子御三家をも凌駕する実績を誇っている。

 8時15分からの5分間だけは、豊島岡の校舎全体が、まるで時が止まってしまったかのような静寂に包まれる。私語は一切許されない。いすを引く音すらしない。「運針」の時間だ。

 豊島岡の生徒は1人ひとり、真っ白な布と、真っ赤な糸と、そして裁縫針を机の中に持っている。8時15分のチャイムが鳴ると、赤い糸で白い布の端からまっすぐに、針目をそろえて縫っていく。

 先生も黙っている。そしてただ、生徒1人ひとりの針の動かし方をじーっと見ている。

 布の長さは約1メートル。そこに赤い縫い目が描かれていく。端から端まで縫い終わると、そのまま赤い糸をすーっと抜き取り、また初めから縫い直す。5分間、無言で、ひたすらそれをくり返す。

 手際のいい生徒は、リズミカルに、針よりもむしろ白い布のほうをぱたぱたとあおぐように動かし、あっという間に端から端まで縫い終わる。何度もそれをくり返す。素早く縫っているのに、縫い目は機械で縫ったかのように均等で、まっすぐだ。縫うときの姿勢も目つきもいい。

 性格にもよるのだろう。スピードは遅くとも、一針一針確かめるように縫う生徒もいる。それはそれで、美しい縫い目ができあがる。

 一方、どうも気が乗らないのか、寝不足なのか、首をかしげながら縫う生徒も中にはいる。縫い目は大きくまばらになる。まっすぐでもない。

 素人の私が遠目に見ても、1人ひとりの針の動きがよくわかる。白い布の上に描かれた赤い糸の縫い目には、個性すら感じる。

 8時20分のチャイムが鳴ると、学校全体ににぎわいが戻る。静と動のコントラストが印象的だ。

進み方は人それぞれ。まわりとの比較ではない

 ■1日1ミリでも、昨日の自分を越えていく

 豊島岡の起源は1892年にまでさかのぼる。裁縫学校として始まった。裁縫上手な普通の女性が、近所の女子たちの手に職を付けるために、縫い物を教えたという生い立ちだ。女性の自立のため、裁縫だけではなく、算術や簿記も教え、評判となった。大正時代になると女子への教育熱も高まったため、裁縫よりも普通教育に軸足を置くようになる。

 毎朝の「運針」が始まったのは戦後のことである。先先代の二木友吉校長が、幼い頃にやらされた黙想にヒントを得つつ、学校の伝統である裁縫の要素を取り入れたのだ。

 ちなみに週1回は「運針」の代わりに「月例テスト」を行う。つまり、「月例テスト」も努力の積み重ねの大切さを学び、基礎基本の大切さを知る機会であるということができる。全生徒が6年間、コツコツと努力を続けた結果が、大学進学実績になって表れているのだ。その意味で、「運針」と「月例テスト」はどちらも豊島岡の教育の柱であり、相乗効果を生み出しているといえる。

 自身も豊島岡の卒業生である竹鼻志乃校長は、「運針」を「5分間の禅」と表現する。生徒にとっては毎朝5分間、集中力を高め、心を鍛錬する意味がある。担任にとっては、生徒をじっくり観察する時間でもある。針の動かし方、赤い糸の縫い目を見れば、その生徒のその日の心の状態がわかると言う。実際「イライラしているときは針目が乱雑になります」と言う生徒もいる。心の状態が、赤い糸の縫い目に表れてしまい、ごまかしようがない。

 ■昨日の自分を1ミリでも越えようという意識で

 最初からうまく縫える子は少ない。中1の1学期間を経ても上達しない生徒には、家庭科の教員による夏休みの特訓が待っている。最初は5分間で10センチメートルも縫えないということも多い。しかし1年後にはほとんどの生徒が1メートルを縫えるようになり、さらに2メートル、3メートルと伸びていく。

 

 かといってスピードや正確さを競わせることはない。進み方は人それぞれ。まわりとの比較ではなく、昨日より今日、今日より明日と、1日1ミリでもいいから進歩することが大事。「運針」をすることで、豊島岡生は毎朝、昨日の自分を1ミリでも越えようという意識になるのだ。

 しかも運針では毎回、最後には糸を抜き去ってしまう。どんなに頑張っても形が残らない。「それが大事」とある教員は力説する。形を残すことは目的ではない。生徒たちは「大切なものは自分の中にしか残らない」というメッセージを受け取って卒業していくのだ。(おおたとしまさ:育児・教育ジャーナリスト)

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