【越山若水】世界自然遺産の白神山地では夏、クマイチゴが一斉に熟する。そこへ母は、2歳になる子を連れてゆく。甘い実を子が夢中で食べている間に、母はその場を離れる▼こうしてクマは子を親離れさせるのだという。まだ“一人前”でない子グマの方は「イチゴっぱなれ」と呼ばれ、それを撃ったりすれば仲間からばかにされる▼そう語るのは、青森県内でも数少なくなったマタギの1人、山に入って60年になる工藤光治さんだ。その知識や作法は、現代人の多くが知らないことばかりだろう▼なかでも意外なのはクマの猟期がとても短いこと。4月20日すぎから5月6日ごろまで、わずか2週間ほどしかない。なぜかといえば、最も商品価値の高いのがこの時期だから▼漢方薬になる胆嚢(たんのう)はパンパンに膨らみ、冬眠中に生え替わった冬毛は美しい。肉も余分な脂が抜け、神戸牛よりうまいという。猟期が短いのはクマを知り尽くすからこそである▼各界の達人に思想家の内田樹さんがインタビューした「日本の身体」(新潮文庫)にある。長々と紹介したのは、福井県内で近年になくクマの目撃情報が相次ぐからだ▼不意にクマと出合ったら? と聞かれて工藤さんはこう答えた。大騒ぎしてはいけない。30メートルほどの距離なら咳払(せきばら)いでもして人間の存在を教えるといい、と。むろんクマによりけりだから習性を知っておきたい。
 

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