直径約1メートルの機雷と、それを囲むように置かれた四つの砲弾=福井県鯖江市の劔神社

戦地から持ち帰られ、壁に飾られている全長約25センチの砲弾=福井県坂井市の神明神社

 全国各地の神社で古い砲弾の発見が相次ぎ、石川県などでは爆発への懸念から陸上自衛隊による回収騒動も起きている。福井県内でも日露戦争の戦勝記念などとして下げ渡された砲弾が各地に残り、県神社庁は約1700の神社を対象に、砲弾の有無や安全性を確認するよう書面を送った。関係者からは「安全だと確認されれば撤去しないでほしい」との声も上がっている。

 神社の砲弾は、日清戦争(1894~95年)や日露戦争(1904~05年)の戦勝記念などとして全国で奉納された歴史がある。5月下旬以降、大分県などで発見が相次ぎ、石川県川北町の中島神社では、陸上自衛隊桂駐屯地(京都市)が拝殿周辺に飾られていた砲弾8個と銃弾5個を回収。砲弾2個には信管や火薬が残っている可能性があった。

 全国の神社に残る砲弾を調査している千葉市の会社員帰山則之さん(65)=福井県越前市出身=は、神社や忠魂碑など全国約350カ所で砲弾を確認している。このほか機雷や大砲だけ置かれた場所も全国約100カ所で確認済みという。

 鯖江市下新庄町の劔神社では、拝殿近くの境内に直径約1メートルの機雷と、周囲に砲弾四つが置かれている。佐々木茂宮司(65)によると、舞鶴軍港在勤の兵士を通じて、1928年に海軍省から下げ渡された記録が残っている。

 坂井市春江町田端の神明神社には、日露戦争で使われたロシア軍の全長約25センチの砲弾が壁に飾られている。奉納したのは近くの小林一夫さん(79)の祖父貞次郎さん(故人)。一夫さんによると、貞次郎さんは日露戦争に出征した際、1905年3月、戦地で15メートル先に落ちた砲弾を持ち帰った。「奉納征露記念」の文字が刻まれており、一夫さんは「無事に帰還できたことを報告するために奉納したのでしょう」と話す。2010年に警察、自衛隊が安全性を確認したという。先端部の部品は外されている。

 石川県内での発見・回収報道を受け、福井県神社庁は今月20日、「砲弾等、所蔵調査の件」と題した書面を送った。砲弾が残る福井市の神社の宮司は「長い歴史があり、奉納者の思いもある。危険な場合は回収するべきだが、安全確認されているならば処分しないでほしい」と話している。

 一方、県警生活環境課によると、砲弾の危険性は外観だけでは判断できず、万一の可能性を考え自衛隊が回収、処理する場合がほとんど。14年以降、神社に砲弾があるとの届け出は3件あり、うち2件は直ちに爆発する危険性はなかったが自衛隊が回収した。1件は対応中。同課は「届け出があった場合は、自衛隊と連携し適切に処理していく」としている。

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