岐阜県の醤油会社で使われて いた「鉄」道ならぬ「木」道。レール も車輪も木製である。

土砂を満載したトロッコを押す 作業員。馬車や人が担いで物 を運んでいた時代に、トロッコ は最新鋭の運搬機械だった。

昭和13年頃に春江の土地改良 工事で活躍したディーゼル機関車 とトロッコ。

笏谷石の採掘場で使われていた トロッコ。

なんと除雪作業にまでトロッコは 大活躍。

■「重い物を小さな力で運べる」原理

そもそも、鉄道というのがどうして生まれたのか? これは人が担いだり馬に乗せて引かせた場合、人が担ぐのは大変な重労働ですし、馬車で運ぶ場合も凸凹の道と車輪のあいだに大きな摩擦抵抗が生まれ、大きな力でもわずかな荷物しか運べません。
しかし、滑らかな鉄のレールの上を、鉄でできた車輪で動かすと、非常に摩擦が少なく押す力が効率よく運動エネルギーに変えることができます。この小さな力で大量のものを一度に運べるというのが鉄道の最大のメリットなのです。

その鉄道の原点というべき姿が、モノを載せた鉄の車輪のついた荷台を、人が押す「トロッコ」なのです。鉄道というのは文字通り「鉄」の「道」なのですが、それ以前には「木でできたレール」の上を「木の車輪」で走る木道(もくどう)というのがありました。

■道路、農業工事に大活躍した時代

特に、トラック輸送やフォークリフトが発達していなかった昭和40年代まで、重いものを運ぶ手段の主役はこのトロッコ! 小さな工事現場でも道路に線路が敷かれ、コンクリートなどの建設資材を運んでいました。

もちろん福井でも、このトロッコは大活躍。中でも最も活躍したのが坂井平野の耕地整理や客土工事と、九頭竜川の河川改修工事。九頭竜川の河川改修工事では、三国から松岡までの河川敷に延べ100Kmにも及ぶ軌間610mmの線路が網の目のように敷かれ、小型のディーゼル機関車や蒸気機関車に引かれたトロッコ列車が細いレールの上を走っていたのでした。

福井でのもうひとつの活躍の場だったのが、中竜鉱山の鉱石を運搬する地下軌道と、福井市中心部の笏谷石の採掘現場や、敦賀セメントの石灰石採掘現場。どちらも閉山や近代化で廃止されました。風変わりなところでは、大雪のときの除雪工事にも使われ、雪の上レールが敷かれ雪捨てに大活躍したのでした。

関連記事
あわせて読みたい