【論説】家庭教育の大切さは、時代や環境を超えて、誰もが認めるところだろう。人間形成の原点であるからだ。自民党は「家庭教育支援法案」の今国会提出を目指している。その内容は国民が納得のいくものか、吟味する必要がありそうだ。

 15条からなる法案は、国が基本方針を定め、地方自治体や学校、保育所、地域住民などが連携し、家庭教育を支援する体制を整備することを目的としている。自治体にも基本方針を定めるよう求めている。

 背景として、第1条の「目的」で、家族の人数減少や、共に過ごす時間が短くなり、家庭と地域社会の関係も希薄になったことなどを列挙。環境の変化を挙げて「家庭教育の支援が緊要な課題」と強調している。

 2条の「基本理念」では家庭教育を「父母その他の保護者の第一義的責任」と位置付け「子に必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努める」とうたう。

 一見「なるほど」と納得できそうだが、公権力が「かくあるべし」と押し付けている感があり、家庭への介入とも受け取れる。

 素案では「保護者が子に国家及び社会の形成者として必要な資質が備わるようにする」と明記していた。

 つまり党の意図は、国家に奉仕、貢献する子どもに育てることこそ家庭教育のあるべき姿ということだ。真の狙いが露出したためか最終案で削除。その際、基本理念の「家庭教育の自主性を尊重しつつ」も消した。

 こうした流れは、国家主義の色合いが強い安倍晋三首相の政治理念が底流にある。日本の伝統的な家族、子育てに対する価値観を前面に、2018年度から教科化される「道徳」の学習指導要領にも「家族愛」の重要性を織り込んだ。

 安倍内閣は4月、戦前・戦中の教育勅語を学校教材として使用することを「否定しない」とする答弁書を閣議決定した。復古調が強い文脈で読めば支援法も目的は同じに見えてくる。

 だが、その内容は、家族に関する事項について「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と定めた憲法24条に抵触しないだろうか。家族のあり方や子育ては本来自由かつ多様であるべきだ。

 自民党は12年策定の憲法改正草案で、24条の最初に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」とする条項を追加した。今法案が24条改正の布石と警戒するのは当然だろう。

 さらに、介護や保育、ドメスティックバイオレンス(DV)問題などに取り組む人たちからは「国が担うべきことが、まずは家庭でと押し付けられる恐れがある」との声が上がる。

 安倍首相は自著でも「家庭崩壊」を指摘しているが文部科学省所管の国民性調査では、むしろ家族の絆が強い時代とのデータが出ている。法案提出は日程的に厳しいものの、まず自民党はしっかり説明すべきだ。
 

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