遊び盛りの子どもたちのためのおもちゃ 選びは重要

無人島に住んだ場合を考えると・・・

■子どもに与えたいおもちゃとは・・・

朝夕の寒さが、少しずつ身にしみる季節になってきました。“子どもは風の子”といわれていますが、昔に比べて、日常の生活においてテレビ、テレビゲーム、パソコンゲームなどの室内での遊びにも事欠かない現代の子どもたちです。これからの季節、寒さのなかに突進して、その寒さにもめげず外遊びに興ずるよりも室内で遊ぶことのほうが多くなるのではないでしょうか。いかがですか?

「子どもにどんなおもちゃを与えたらよいのでしょうか」というおもちゃについての質問はよくお母さん方からいただきます。そこで今回は、子どもの遊びと切り離して考えることのできない「おもちゃ」に視点をおいて考えてみたいとおもいます。

今の時代、物事の根っこの大事なところを見ようとすると、歴史の流れにおけるさまざまな変化の中で、あふれんばかりのたくさんのものやいろいろな情報が付随していて、なかなか根っこのところのものが見えてこないということをよく感じます。

そんな時、いろいろな書物を手がかりとしながら時代をさかのぼったり、いらないものはできるだけ取り除いたりして、よりシンプルに物事をみていくようにしているのです。

おもちゃにおいてもそうなのです。今日では良きにつき、悪しきにつきいろいろなおもちゃが巷には満ち溢れていますね。そんななかで子どもにふさわしいおもちゃを選ぶのはなかなか大変なことだとおもいます。
おもちゃのことを考えるとき、私は無人島に住んだ場合のことを基本として考えるようになりました。

というのは、私は戦前家族が住んでいた南の島にときどき出かけます。その島で幼稚園を作るという話がでて、提供してもよいという、いくつかの土地が候補にあげられました。その候補地のなかには、それまでに何度か行ったことのある、本島からは少し離れていて船で行かなければならない、ちょっと大きな島の人からは美しいとされている無人の島も紹介されたのです。

実際に実現するとなれば大変でしょうが、もしそのような何もない島で、子どもと生活を始めることを仮定して考えを深めていくと、かえって、子どもの育ちにとって大切ないろいろなことが見えてくることに気づいたのです。

■子どもは遊びの天才です。空想できる素材を

本来の子どもは、遊びの天才です。どんなところにいても、何もなくても実に楽しく遊ぶことができるのです。そんなことを実感されたことはありませんか?

木の枝一つ、そこに生えている草木だって、たとえば、その島には椰子の木がいっぱい生えています。椰子の木や葉や椰子の実だって立派なおもちゃに変身するでしょう。島の男の人や、少し大きくなった男の子は、いつも50センチくらいのナタのような刃物を一本持っています。その1本の刃物で何でも器用にこなします。

高い椰子の木の椰子の実だっていとも簡単に登って落とし、その水が飲めるように飲み口をつくって渡してくれます。籠だって簡単に編んでしまいます。

島の周りの白い砂浜には珊瑚や貝がたくさん落ちています。ちょっと海に入れば海のなかにはいろいろな生き物がたくさんいます。もうそれだけで子どもにとっては十分なのです。
 
子どもの手にかかるとすべてが生きたおもちゃとなります。目をきらきらさせて毎日を飽きることなく遊ぶ姿が目に浮かぶのです。

昔読んだ本にこんなことが書かれていたのが思いだされました。青島という島に、ある記者の方が赴任しました。その島で、一人の老婆に出会ったそうです。島の多くの若者の目は外へ外へと向けられ、島から出て行くのですが、その老婆はそれまで一度も島から出たことがないそうです。しかし、‘外に目を向けて出て行く若者よりも、その島だけではなく、ずっと世界や宇宙にも通じていた’と。

幼児期という子どもの時代はこのおばあさんに匹敵するように思えてならないのです。どんな小さな世界にあっても、同じもの同じことの繰り返しのなかで子どもは直感的にたくさんのことを吸収し、そこで体験したことがその子の人生の根っこの力、人生の拠り所となっていくようにおもわれるのです。