連載「ふくいを生きる 第2景『お墓とお寺』」では、読者から多くの意見が寄せられた。墓について、福井県内の70代女性は「合同墓に入るために最近墓じまいをした。割り切らなければと思いつつ…」と複雑な胸中を吐露。寺の在り方については「悩みを相談できる場所であってほしい」といった声がある一方、「寺に通うことで、生きていることに感謝するようになった」「寺離れが進むのは悲しいこと」と、地域と共にある寺の存続を望む声もあった。

 5月に墓じまいをしたという70代女性は「墓は約40年前に義父が建てたもので夫は2代目。一人娘は県外で結婚したが子どもはいない」。住職と相談した上で、墓じまいを選び、夫と、亡くなった義父母の4人で合同墓に入ることにしたという。

 鯖江市の60代男性も数年前に墓じまいをした。寺とも縁を切り仏壇も処分した。「30代の息子は病気がちで、結婚しないかもしれない。いずれは無縁墓になり、人に迷惑をかけると思った」と話した。

 寺に関する意見もあった。福井市の80代女性は「寺の行事でお布施を持っていくと、名前と金額が張り出される。寺に行きにくくなる」と指摘。「住職は檀家(だんか)が寺に行きやすい環境をつくって」と訴えた。

 葬儀社に勤めていたという人は「母が寺に亡くなった父の葬儀のお願いにいったら、40万円以上のお布施を要求され、とても怒っていた。寺も仕事だと思うが、檀家あっての寺ということを忘れないで」。福井市の80代男性は「寺は葬式や法事をやるだけでなく、悩みを相談できる場所であるべきだ」とした。

 一方、寺の存在に感謝する声もあった。病気をきっかけに、ほぼ毎日寺に通い、お経を上げているという同市の男性は「拝むことは自分のエネルギー源。寺に通うことで、生きていることを感謝するようになった。人生の悔いがなくなり、死への恐怖もなくなった」と話した。

 坂井市の高齢者は「昔は寺の行事があると、寺の台所で弁当をつくったり、節分の豆の袋詰めをしたりと、にぎやかだった。今の若者は寺に来ないから寂しい。死んだら寺のお世話になるのだから、私はこれからも寺のお手伝いをしたいと思っている」と、寺の存続を願っていた。

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