多くの物語は、とかく「孤独」と「結婚」を結びつけがちである。結婚適齢期に結婚「できない」女子たちの揺れを描いたマンガやドラマがヒットし、「あなたとの結婚」こそが自分の幸せであると結婚情報誌のCMは高らかにうたう。適齢期女子たちはカフェでスイーツなんかをつつきながら、独女話に花を咲かせる。自分を取り巻く孤独の原因は、ただただ、独身であることなのだと。

 そしてその「独身であること」においてのみ、彼女たちは連帯する。「独身であること」を互いに嘆き、あるいは称え合うことで、自分たちの絆はいつまでも続くのだと、どこかで信じ切ってさえいる。

 どうか、気を確かに。人生は「変化」でできている。人は、いずれ必ず変わりゆく。大切なものも、大切な人も。だって私たちは10代の頃から、身を持って知っているではないか。クラスや学校や職場が変わるたび、しがみつく相手(その都度「親友」とか呼ばれるもの)を乗り換えに乗り換えながら生きてきたではないか。

 本書のヒロインは、アラサー独身ライターである。女性誌でお稽古事に関する体験ルポを連載している。打ち込みたい仕事があって、それなりに女友だちもいる。10年越しの恋人との別れが決定的になると、スイーツのやけ食いにつきあってくれる友人である。

 連載のためのリサーチを通して、彼女は幾人かの女性と出会う。けれど、彼女の孤独はむしろ深まっていく。かつて憧れていた先輩の、若い女へのむき出しの敵意に触れて戸惑う。親友だと思っていた前述の友との間にも、些細な疑心が生まれて心が離れる。

 未婚女子を孤独にするのは、断じて、結婚相手の有無ではない。時を重ねれば重ねるほど、誰の身にも容赦なく押し寄せる、人生の境地の変化である。

 物語の終盤、主人公がかつて見限った、10代の頃の友人が現れる。上目遣いで顔色をうかがい、しがみつくみたいにして友情をねだってきたその友人を、振り捨てるようにして新しい友だちとつるんだ、その罪悪感の欠片が彼女を不自由にしている。大人になり、その友人と再び対峙した瞬間、主人公を取り巻くそれまでの孤独が反転する。相手の変化にはじき出されるようにして色を濃くしていった主人公の孤独。しかし、自らの変化もまた、誰かに孤独を強いていた。

 徹頭徹尾、女の友情物語である。しかし「やっぱレンアイよりユージョーよね!」的な着地とは、はっきりと異質である。孤独をうたって連帯する独女たちの井戸端会議に乗れない向きはこれを読むべし。結婚していようがいまいが、人と人はあっけなく切れるし、強く結び合うのだ。

(筑摩書房 1600円+税)=小川志津子

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