「年を重ねるということは、おなじ相手に、何回も、出会いなおすということだ。人は会うたびに知らない顔を見せ、立体的になる」

 短篇集の1本目、このくだりにまっすぐ射抜かれた。これまで年齢を重ねるごとに、キャラを変えては人生の関門をするりと越えていく人たちを数多見てきた。志を共にしたはずの友は、あっさり転職して手の届かないところへ行き、至らなさを慰めあっていた友は、猛勉強の末にどでかい資格を得て道筋を確かにし、おばあちゃんになっても一緒にいようねと誓いあった友は、急にパートナーを得て、気軽に会うことが叶わない身の上になっていく。呆然と彼ら彼女らを見送っていた私が、四十を過ぎてようやく思い至ったこと。私と、彼ら彼女らとの間に、これから先に思い描ける愉快な可能性があるとしたら、まぎれもなく「出会いなおし」なんじゃないかと。

 この本にはいくつもの「出会いなおし」がつづられている。数年の時を経て、かつて自分の編集担当者だった男の変貌ぶりにあわてるイラストレーター。小学校時代の運動競技で植え付けられた心の緊張を、同窓会の席でほどいていくヒロイン。ため息が漏れたのは5本目の『テールライト』だ。別れ際に、どうか相手に幸あれと、次にめぐり会う時にはまっすぐにあなたを愛せますようにと、強く念じあう男と女の物語が、深刻度を上げて連ねられている。なぜか目を真っ赤にしたタクシー運転手と客の男。川を隔てて想いを交わしていた男と女。それから闘牛場で相対した牛と闘牛士。そして「安全」を謳われていた何らかの施設の職員とその愛妻。4つのエピソードはそれぞれに、登場人物たちが念じる「どうか」の三文字で締めくくられている。明日もあなたが隣にいることを、当たり前みたいに思っていたけど、そうじゃない。どうか、また会えますように。どうか、幸せでいてくれますように。彼らは切実に、そればかりを祈る。どうか、どうか。

 出会いがあり、別れがある。別れてしまったら、もう後がないみたいな気持ちに私たちはすぐなりがちだけれど、そうじゃない。遠く別れてしまった人とも、いつかまた出会う。そうでも思っていないかぎり、この世界は寂しすぎる。あの人はどこでどうしているだろう、いつか、出会いなおしに行こう。それだけでこの人生はだいぶ、軽やかになるように思うのだ。

(文藝春秋 1400円+税)=小川志津子

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