「胎生期―子どもの誕生まで」に ついて書かれたドイツの書籍

ご家庭で、お子さんを育てられるとき、最も困られたり、悩まれたりすることは、どんなことですか? 「毎日の生活の子どもとのかかわりで、どうしたらよいのかわからないことばかりで・・・」とお母さん方はよく言われます。

昔はといってよいのでしょうか、これまでの日本の生活では、結婚しても同居生活が当たり前で、子どもも多く、子育ての仕方を毎日の家庭生活の中で当たり前のように見て育ちました。ですから、自分が親になる前には、充分に子育てというものに触れて育っていました。そして、子どもが生まれても家族ぐるみの思いや、その思いから差し出される何本もの支援の手がありました。

そうした家族の支援の思いのなかには、厳然とした子育ての基本となる物差しのようなものもありました。人様に迷惑を掛けたり、笑われるような子にしてはいけないというその物差しの基底には、人間としての在りようがあったのだとおもいます。

人と人との関係や、人知を超えて宇宙をならしめている、神とか、仏とかいう根元的な在りように対する人としての家族の思いが、共に家族として生活しているなかで、自然に子どもの心の奥深くにもしみ込んでいったのだと思うのです。

今はそうした基本的な子育ての物差しもどこかに置き忘れられ、家族という箍(たが)もとっくに古いこととして外されています。そして今の時代の意識のなかで、誰もがそれぞれの思いのままに生活している状況で、それなりの子育てがなされてきているように思います。そうした、希薄になってきた家族に代わってのその役割が、今日においては社会に課せられてきているようです。

しかし、他人という血の通わない社会が家族に代わってその役割を果たすとなると、現場で実際にそうしたことに関わっている一人の人間として、けっして簡単なことではないようにもおもわれるのです。

人の意識を、時代意識として宇宙史的な観点から見たとき、今の時代は、一番、そうしたこの世をならしめている根元的なものに対する意識が希薄で、そこから最も遠のいている時代だということです。だから、人間中心、自分中心・エゴイズム的意識がはびこっている時代となっているのだというのです。(R・シュタイナー著 高橋巌訳「アカシァ年代記」 国書刊行、「神秘学概論」筑摩書房 )

そうした、現代においては、独身時代は、自分の思いのままに過ごすことができ、子育てについては見たことも、経験したこともない人が、ある日突然に親になるのです。そして子育てという未知の世界に立たされるのです。

あなたは、お子さんの誕生したその日から、あるいは、病院あるいは助産院から戻ったその日に、まだ小さな柔らかい、その赤ちゃんと一対一で向き合わなければならなくなったとき、どうしよう、無事この子を育てられるのだろうかと、これから始まろうとしている子育てへの、そこはかとない不安から、途方にくれた経験はありませんでしたか?

初めて子育てに当たるとき、最初は誰もが目先の些細なことに振り回されがちです。しかし、子育てにおいては、目先の些細なことに振り回されてばかりでは、まるで闇の中を手探りで歩む、手探りの子育てや、行き当たりばったりの子育てになりかねません。

現代の子育てにおいては、毎日の子どもとのかかわり方を考えるとき、その背景として、もっと大きな観点から、例えばその子の人生全体を眺望したような子育てを踏まえたうえでの子育てを考えることが必要におもわれます。目先の子どもとのかかわりだけで考えていくと、とかく子育てに行き詰りがちです。全体に立ち返ってその行き詰まりを開放するという意味においても、大きな観点から見通した子育てを背景に持つということは、大切なことのようにおもわれます。

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